第105話 ウツタと女の子(2)

 ミーナの隣は本当に落ち着く。

 でも、目の前にいる女のせいで俺は緊張している。


「エスターさん、何の用ですか」


 ミーナもどことなく冷たい。やはり、戦士部が好きではないという潜在意識は消えないらしい。

 エスターは小柄でかわいらしい女性だが、恐ろしいほど強いらしい。

 女って怖い。


「いえ、流通部に相談があってきたの」


 エリーが出したハーブティーの香りが俺の方まで漂ってくる。エスターの出身地に合わせて選んだのだろう。風変わりな香りだった。


「相談? 戦士部はいつも命令をしてくるじゃない」


 エスターは「建前だよ」と笑ったが、このふたりの間の空気がパキリと凍った。


「戦うことができなくなった戦士たちの面倒を見きれなくなってね。これはギルドの問題だ。戦えないなら戦士じゃない。でも、戦うことしか知らない彼らに仕事を与えたい。そこで流通部にね」


 エスターの自分勝手な主張は続いたが、確かにこれは難しい問題だ。

 ダンジョンでトラウマを抱えた戦士は、というか怪我や病気で働けなくなってしまえば奴らにはなんの価値もない。

 頭が悪いから一般人として働くことも難しい。

 戦えないとなれば用心棒も務まらないし、怪我をしていれば肉体労働もできない。


「特にお願いできる仕事はありませんね」


「そうか」


 エスターは表情一つ変えずに部屋を出て行った。


「珍しいですね、あんな風に直々に」


「あなたを気に入っているらしいわ」


 まじで、勘弁してください。

 厄介なことになるだろうし、厄介ごとといえば……ウツタの子供だ。

 

「流通部でもと戦士を……ねぇ。なんかあるっすかね」


 ミーナは「うーん」と考える。


「倉庫の管理とか、重いものの運搬……あとは運送系の作業をお願いできそうね。あぁは言ったけれど、ギルドのために働いてくれていた戦士をないがしろにはできないわ」


 あぁ、絶対反対されるがうちの農業の運搬を手伝ってくれる人材が欲しい。

 雇うか?

 いや、でもなぁ……。


***


「だめじゃ!」


「なんでですかぁ〜!」


 玄関前でトラブル。ヒメとウツタがもめている。

 くろねこ亭によって帰って来たら、この状況で俺はもううんざりだった。


「どうしたー」


 俺の登場に2人はピタリと動きを止めた。


「ヒメさんがおうちに入れてくれないんです」


 ウツタの背中ではユキがすやすや眠り、その周りでは【雪の精】たちがふわふわと浮かんでいる。

 なんと可愛い生き物なんだろう。ひんやりと冷たくてフォルムがまんまるもふもふだ。


「ヒメ、ここは俺の家だぞ」


「雪魔女は不幸を呼ぶ魔物じゃ! これ以上増えたらいやじゃ、いやじゃ」


「詳しく話を聞かせてもらおうか」


 ヒメを家の中に押し込んで、ウツタはユキを地下室へと連れて行き、俺たちはウツタが戻ってくるのをリビングで待った。

 すでにシューとサングリエは食事を済ませており、申し訳なさそうな顔でソラとハクが正座をしていた。


「すみません、戻りました」


「ヒメ、じゃあ話してくれるか」


 極東で「雪魔女」は不幸の象徴として知られている魔物らしい。というのもはるか昔、雪魔女と恋をした青年が雪魔女の言いつけを破ってしまい、青年が住んでいた国が一つ氷漬けにされた……とかなんとか。


「それって伝承だろ?」


「じゃが……どうしても」


「わ、私はみなさまを氷漬けにしたりしません。そんな……ひどいっ」


 ひゅうと冷たい風が吹く、リビングの温度が下がって暖炉の火が小さくなって行く。

 言ったそばから寒くするのやめろ!


「ウツタ、寒いぞ」


「はっ、すみません」


「だから言ったのじゃ。ウツタのような大人ならこのように感情のコントロールが聞くじゃろ。ただ、幼子おさなごは……我々を殺しかねない」


 確かに、ヒメということも一理ある。

 

「なら……ユキを連れて雪山かどこかへ消えます。あの……お世話になりました」


 俺は部屋を出ようとするウツタを止めたが、ちょうど帰って来たリアが不思議そうな顔で俺とウツタを見て言った。


「ねぇ、ドア開けっ放しだし……それにさっき農場から小さな女の子が走って行ったけど貧民街の子? でも……それにしちゃ綺麗だったような」


 まさか……

 勘付いたソラが地下室へ走り、そして戻って来た。


「大変です。さっきの子が……いません!」


「まさか、さっきのヒメの言葉……部屋の外にいたんじゃ」


 サングリエが心配そうに声をあげた。すっかり寝ちまっていると思ったが、


——幼子は我々を殺しかねない


「とりあえずくろねこ亭と……やばい。こんな夜に小さい子が貧民街で歩くなんて……まずいぞ。探しにいかねぇと」


「ヒメ様!」


「ヒメはもう休む。しかたのないことじゃ」


「ヒメ様!」


「ソラ、不吉なもののそばにヒメは居たくないのじゃ」


「なら……荷物まとめて極東に帰れ。俺は、小さい子を見殺しにするような人間を家に置いておくつもりはない。ハク、お前はどうする」


 ハクは冷や汗をかきながら、主君に背くべきかどうか考えているようだった。

 ソラが先に口を開いた。


「ハク、これはヒメ様の我儘。あなたはソルトさんのお手伝いをして。これはヒメ様の側近である私の命令です」


「牧場と、それから果樹園をくまなく探し、その後はギルドの方へ向かってみます!」


 ハクが部屋を飛び出して、俺たちも彼女の後をおった。

 

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