第103話 派出所(3)


「どうすっか……これ」


 困り顔の俺たちを派出所所属となった鑑定士たちが睨んでいる。まぁ、花街ってだけで抵抗がある女が多いってのは仕方ないのかもしれない。

 配慮が足りないのは俺たちの方だったようだ。


「とりあえず、君たちの処遇は保留する。少なからず職務怠慢についてはしっかり報告させてもらう。それから、リアお前の監督責任もだ」


 俯くリアと解散して花街を出て行く鑑定士たち。

 俺は鑑定士という人種を見くびっていた。虐げられた経験がある人間が俺のようにお人好しだとは限らないのだ。

 自分より弱い立場の誰かを見つけた時、差別できる対象ができた時、辛かった経験を忘れて優越感のために差別をする。

 特に、男という存在にちやほやされているサキュバスを見た鑑定士の女たちが反感を持つのは至極当然だったかもしれない。


「あの……先ほどはありがとうございました」


 ミミズを倉庫にしまったのか手ぶらの侍女は俺にぺこりと頭を下げた。まだ未熟なサキュバスの彼女はぎこちない笑顔を浮かべている。

 そうか……


「いつも、姉さんたちの貢物をチェックするのか?」


 次女はこくりと頷いた。

 

「毒が盛られているかもしれないので侍女が一口食べるんです。それで、大丈夫なら姉さんたちが食べたりします」


 そうか……なら。


「リア、花街のサキュバス全員を集めてくれ。侍女も全部だ。俺はちょっとギルドに戻るが……すぐに戻る」


***


「やや、嬉しいなぁ。かわいい女の子がたくさん」


 ヴァネッサはサキュバスの女の子を検査機にかけながらいった。

 俺は彼女たちサキュバスの中で鑑定士や薬師の天職を持つものを探してみようと考えたのだ。

 一か八かだったが、ヴァネッサ曰く「ありえる」とのことで……結果は


「おっ、この子も鑑定士だ」


 非戦闘向きの魔物であるサキュバスは鑑定士や薬師、回復術師や医師まで豊富な天職が見つかった。

 特に人間やエルフとのハーフの子たちは天職を持っている率が高く、それにしても今まで彼女たちが天職の判別を受けてこなかったのか謎だった。


「ギルド幹部には反対されたが仕方ない。あんな事件が起きたんじゃ戦士部も賛成するほかなかったからね」


 花街の繁栄のためか、それともサキュバスという種族だからか、遊女だからか……彼女たちが天職判定を受ける権利がなかったのはギルドによる恣意的なものだった。


「で、調べてどうする?」


「この子たちに俺が鑑定を教える。冒険者の鑑定士たちがここで仕事をやる気がない以上、この子たちにやってもらうしかないからな。この土地に根付いている習慣やサキュバスの特性は彼女たちが一番知ってるし」


 ベニの優しい視線がサキュバスたちに向いている。


「何より、彼女たちのために」


 天職「遊女」なんてものあるんだと驚く研究部の声や、サキュバスのために働きたいとかいう少数派の鑑定士、落ち込むリア。


「リア、俺と一緒にあの派出所でサキュバスに教育をする手伝いをしてくれるな?」


 リアの泣きっ面が笑顔に変わる。


「ベニさん、俺は鑑定士ですがサキュバスの特性についてはズブの素人です。あなたたちが好むものや嫌うもの、それから先祖代々食べてはいけないとされたものなんかを教えていただけますか?」


 ベニは笑顔でピースサインをした。

 ピースサイン?


「2万ペクス。そうねぇ……うちの子に指名を入れてくれるなら考えよう」


「だめ〜!」


 リアがポコポコとベニの胸を叩き、ベニは「愉快愉快」と笑って見せた。

 各店に鑑定士の天職を持つ子がいるわけではなかったが、同じ知識量の深い薬師や医師の天職であれば代用にはなるだろう。

 さすがに売れっ子遊女には難しいが侍女や下働きの遊女であれば兼任も可能だろうし。


「さて、流通部顧問の俺が勝手に鑑定士部の人間に指示したんだしこりゃ始末書だな。親父に怒られにいくか」


 冗談だが、冗談ではない。

 行動を起こすより先に親父に相談すべきだったがまぁいいだろう。


「シュー、色気を感じなくなる魔法とかある……よな?」


「あるにゃ」


 さすが俺の相棒。

 さて、人手不足に次ぐ人手不足。

 どうすべきか。


「ほれほれ、お主……もっと大きくしてやろうかぁ」


「やめて〜」


 リアとベニの戯れを見ながら俺はこの出来事がなんとなく丸く収まってよかったなとつくづく感じた。

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