第100話 花街のサキュバスたち(3)


「おや、フィオーネ」


 ヒミコのような化け物感のある彼女は色魔女のベニである。ベニはその名の通り真っ赤な髪を持つ色魔女である。

 フィオーネに色気のいろはを教えてくれた人である。


「でっ……出ました!」


 俺がベニに事情を説明する前に研究部の部員が声をあげた。

 

「ネルとヴァネッサが研究部員と一緒に仮の処置室でサキュバスの遊女の診察に当たった」


「どういうことじゃ」


 俺はベニに事情を説明して、何か心当たりはないか訪ねてみる。この店の中は煌びやかすぎない落ち着く空間で、極東風なのがなんとも言えず心地よい。

 風鈴の音がなんともいえず風流だ。


「ほぉ……寄生コケとな。ダンジョンには縁のない身ゆえ」


 ベニの言う通りここにいるサキュバスたちはダンジョンから連れてこられたのではない。はるか昔、ひとりの色魔女から始まった。卵から孵ったサキュバスを遊女として働かせた。

 それを繰り返して出来上がった大きな花街だと言われている。

 今では人間やエルフとの混血が働く例も増えているようだ。

 フィオーネの家系のようにサキュバスが人間と結婚をして子供を産むこともある。サキュバスという魔物は基本的に両性具有で自ら卵を産むことができるが、子孫を多く残すために様々な種族に順応することができる。

 つまり、人間と子供を作ることも可能ということだ。

 そうしてサキュバスはダンジョンの中でも外でも種族を守り続けてきたのだ。


「遊女たちは箱の中から出ることはできないのだよ。だから……ダンジョンへ行きそのような病気をもらってくることはないのじゃ」


 ベニの話は本当だろう。

 俺の関心はどうしてそれが遊女たちに寄生しているか……だ。

 


「ベニさん、何か変わったものをサキュバスたちに与えたりしましたか?」


 経口摂取で寄生された可能性が高い。

 となれば、あの寄生コケを人型の魔物から採取して加工し冒険者が利用する花街のサキュバスたちにばらまいた……。確実に俺たちが追っている鑑定士と薬師のコンビが関わっているだろう。


「うむ……うーん。そうじゃ。貢物を調べるとよかろう?」


 俺はベニに礼を言ってから侍女たちの案内で倉庫へと向かった。倉庫には遊女たちに送られた貢ぎ物がたくさん保管されており金銀財宝、宝石やら装飾品も多い。侍女ってのはまだ見習いの若いサキュバスで俺のために色気を抑えてくれていた。

 ありがたい。


「食べ物はどこに?」


「えっと、食べ物やお酒はそちらです」


 侍女が指さした扉をあけて、俺は中にしまってあるものを一つずつ手に取った。万年氷がある部屋なので少し寒い。この氷も冒険者から送られたものだろうか。


「最近のものは?」


「手前のものですね」


「最近、皆さんで召し上がったものとかありますか?」


 侍女の子は少し考えてから閃いたように手を叩いた。


「極東の……だいふくというモチを。なんでも上級冒険者様からのお貢物でとても美味だったそうです。私もいただきたかったですが、遊女のお姉さま分しかなくて」


 大福……か。あんこの中にコケを仕込むことは可能だな。

 俺は大福を手にとって割ってみる。見た目ただのあんこだが……少し、ほんの少しだけ草の匂いがする。

 おそらくこれが原因だろう。

 サキュバスやサキュバスの血が強い混血の生物は魔物独特の自浄作用の強さで体の中に寄生したコケと共生することができるが、自浄作用が弱い人間はそうではない。

 あの冒険者たちのようにコケがびっしりと生え、さらにはコケがダンジョン内に漂うのキノコや植物の胞子を吸収することで体内にキノコが生えてしまった。


「これをくれた人間は?」


***


「これは……4日ほど前に初めてきた冒険者のお客様から頂いたものじゃ」


 ベニは処置が終わって少し疲れた様子だった。

 あのコケを完全に排除するには1週間程度薬を飲み続けなければならないらしい。


「どんな冒険者でした?」


 ベニは思い出せないようだった。彼女はこの花街で一番人気の遊女。なかなか一夜は共にできないが、その代わり男からの貢ぎ物はひっきりなしに届くという。


「なんでもいいです、何か思い出せませんか」


 ベニと侍女たちは首をひねった。


「そうだ、そういえば」


 侍女の1人が言った。


「これからは魔物と共生していく時代だ。だからサキュバスも冒険者に頼らず生きていける時代がくるとおっしゃってました」


 俺の頭の中に1人の男の姿が浮かんだ。


——ようこそ


 不可思議な面を被ったあの男。


「ねぇ、ソルトさん。この病気がおさまったら……またきてくださる?」


 俺の脳内に直接キスされたみたいな衝撃に襲われて、推理も考察もぶっ飛んだ。俺の前に立つ女の熱い視線で目の奥が焼けてしまいそうだ。

 それでも彼女から目が離せない。

 ベニ……これが本物の色魔女。


「わ、わかった」


 俺の答えににっこりと微笑んだベニは色気モードを解除でもしたのか、俺の心臓は元どおりの鼓動を取り戻す。

 まじでこりゃ……やばすぎる。


「うふふ、お安くしますよ。私たちのお店を救ってくれたんだもの」


 ムラサキがすかさず俺の腕を掴んだ。色魔女に比べてしまえば大したことはないが、ムラサキに触れられている皮膚が熱くなった。

 いや……一夜だけ酒飲んで遊ぶならまだしもこいつらに入れ込むほどの財力はねぇよ。


「ソルト、あたりだ。その大福からコケの成分が検出されたよ。もう帰っていい。ミーナの方を手伝ってやれ」


 ヴァネッサのナイスフォローで俺は花街を後にした。

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