第99話 花街のサキュバスたち(2)

 遺体安置室に俺たちは入った。ヴァネッサたちと共に保護魔法に包まれている。遺体は全部で20ほど、ネルによればすでに火葬されたものもあるらしい。


「確かに、びっちりだな」


 遺体の口が開きっぱなしになってしまうくらいびっしりとキノコが生えていた。いや……キノコというよりは……


 俺はピンセットで遺体の口の中のキノコを捥いだ。

 やはり……


「これは、キノコが原因ではありません」


 俺の知識が正しければ


「これはコケが原因です。親父ならこのコケの判別がつくかも」


 俺はべろり、と遺体の喉からコケをはがして見せた。

 何人かが悲鳴をあげる。


***


「こりゃ、寄生するタイプのコケだな。だが、宿主は魔物のはずだ」


 親父は分厚い本をめくりながら言った。


「俺が見たのは人型の魔物に寄生してたやつだ。ドロップアイテムを拾ってる時に見つけただけで……使えなさそうだからスルーしたけどさ」


 そう、あれはタケルと入ったダンジョンで人型の魔物を倒した時だった。そいつの牙を取ろうとした時にコケが生えていた。ぎょっとしたが特に無害だったはず。魔物に寄生するタイプの植物が多いし、それが人間に移るのは噛まれたり食われたりした時だ。


「バカ息子、お前は洞察力ってのはかけてるな」


 親父は答えにたどり着いたのかニヤついている。幹部が待ってるんだからさっさと話しやがれ。


「状況整理してみろ。遺体の特徴は?」


「消化器官にコケが生えてその上に様々な種類のキノコが生えている」


「そのほかは?」


「そのほか? 全員死んでる」


 親父は呆れたように腕を広げた。このやろう。


「全員、だ」


 確かに、女の遺体はない。


「このコケは魔物に寄生するもんだ。だが、魔物に噛まれたりすると稀に人に寄生することも……ある。つまり?」


「つまり?」


 親父は「色気がねぇなぁ」とつぶやいた。


「男が魔物と接触するといや、ダンジョンか……」


「花街……か」


 親父はやっとかと言わんばかりに頷いた。


「花街でサキュバスだか色魔女だかがこのコケに寄生されてるってわけだ。その子と交わった冒険者がコケに寄生され死ぬ。そのうち、こいつらが交わった人間の女もコケに寄生されて死にだす。さっさと対処しないと大変なことになるぞ」


 冒険者をやめてからきっぱり行かなくなってしまった花街。あそこはいいところだ。サキュバスや色魔女が開く店に冒険者が通い詰める。酒を飲んで騒いで遊んで。

 無論、金を払えば一夜を共にすることもできる。

 何度かタケルとも行ったが、あれっきりだ。

 スローライフに遊郭は似合わないし、そもそも女ばっかだし。


「で、花街ってどこの管轄っすか」


 花街は冒険者がよく使う施設だ、そもそも魔物が多く生息しているわけだしギルドのどこかが関与しているはずだ。


「流通部よ」


 え、まじっすか?

 結構な時間流通部で仕事をしてきたが花街がうちの管轄だとは……。


「じゃあ、バカ息子がやればいいわな。うちは別の案件で今忙しいんだ。エスターさんの方は?」


 エスターは「そうですね、医師部と協力して検査体制を作るのに協力はしましょう」と言って部屋を出て言った。本当に冷たい人だ。

 親父が抱えてる案件ってのもきになるが……。


「決まりですね。私は保安部と連携して花街を封鎖します。ソルトさんは医師部と研究部と一緒に花街へ向かってください」


***


「私もついて行きますっ! お世話になった皆さんが心配です!」


 と言って聞かないフィオーネも連れて、俺は花街にやってきた。煌びやかで賑やかな場所だが、今は違う。


「あらっ、フィオーネじゃない」


 とてもセクシーな声の主をみて俺は思わず鼻血が出そうになった。色っぽいとは彼女を表す言葉といっても過言ではない。


「あら……もしかしてアンタ本当にお偉方のお友達なの?」


 露出度の高いドレスに不釣り合いなほど豊かな胸、だめだ……これ以上見てられない。


「あっ、ムラサキさんっ。お久しぶりです! やだ、色気だしちゃだめっ」


 ムラサキと呼ばれた女は「そお?」と不思議そうな顔をして肩を下げた。不思議と俺の気持ちもおちついて彼女の顔を見られるようになった。

 ムラサキは猫目の美しい女性だ。極東よりの顔立ちで、小さな口がなんとも言えずセクシーである。


「えっと、彼女は私の姉弟子のムラサキさんです。彼女はサキュバスクイーンです」


 サキュバスクイーンか……。中級魔物だ。


「あら……これから大規模なけんさ? があると聞いたけど。殿方に見てもらえるのかしら」


 そう言いながら俺の腕に絡みついた彼女を、俺は優しく退けた。


「実際に検査するのは、医師部の彼女たちです。俺は鑑定士で、原因を探りにきただけです」


「まあ! 鑑定士? 素敵っ」


 ムラサキはキラキラした瞳で見つめてくる。


「ソルト、家で嫁さんが待ってるだろう。やめておけ」


 ネルの一言でムラサキはしゅんと手を引いた。ナイス……なのか?

 ってか嫁って誰だよ!

 ぽかんとするフィオーネ、クスクスと笑うヴァネッサ。


「では、一番大きな店に全員の遊女たちを集めましょう。ムラサキ殿、ご協力をお願いします」


 ネルの号令で一斉に保安部と医師部が動きだした。


「フィオーネ、この花街で一番人気の遊女がいる店はどこだ?」


「ソルトさんのすけべ!」


「バカ、違うよ。その店に出入りしてた可能性が高いからだろうが!」


「う・ち・よ」


 ムラサキが妖艶に片目を閉じた。

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