第94話 急成長の犬耳娘(2)

 ここは研究部の幹部ヴァネッサの執務室。

 俺は怒っている。


「絶対なんかしただろ」


「してないよ、誓ってしてない」


「じゃあなんで……」


 俺はクシナダと手をつないでいる可愛らしい女の子を指差して


「昨日産まれた人狼がこんなでかくなってるんだ!」


 そう、つい昨日産まれた人狼娘・ナディアがもう大きくなっているのだ。人間で言えば3〜5歳くらい。すでに言葉を話している。


「人狼ってのは成長が早いんだろ。私だって驚いている。寿命は人間より長いはず……だが、成長がここまで早いとは」


 ナディアは灰色で、もふもふした耳と尻尾。シューよりも少し大きくて可愛い。やっぱりこういう部分はコボルト……というより狼なのか。


「で、名前ナディアになったんだな? 何か理由があるんすか?」


「あぁ! ナディアっていうのは私が初めて実験したコボ……コボコボ」


 俺はヴァネッサがガキの前で恐ろしいことを言い出す前に口を塞いでナディアに笑顔を向ける。


「お姉ちゃんの大事な人の名前だってよ。よかったな」


 ナディアは大きく頷いて俺に笑顔を向ける。


「クシナダおねえちゃんとあそぶの! ぼおるが好きなの!」


 ナディアは可愛らしい子ども用のボールを抱えぴょんぴょんと飛び跳ねた。そしてその度に鈴がリンリンと鳴る。


「おい、なんで首輪?」


 少女には似つかわしくない首輪。ドッグタグのようなものにはナディアと刻印されている。


「あぁ、後でこの首輪にお前の相棒が魔術をかけるんだよ。満月の晩でも大暴れしないようにな」


 ナディアが首を傾げた。琥珀色の瞳がキラキラと光っている。


「おにいちゃんはだあれ?」


「俺は、ソルトっていうんだ。クシナダお姉ちゃんのお友達だよ」


 ナディアは俺の手にグリグリと額を押し付けてケラケラと笑った。これが人狼式のあいさつ……なのか?

 耳よりも薄いグレーの髪はふわふわでまるでコボルトを撫でているようだった。


「ねこちゃん」


 ナディアがシューを追いかけ始めた。

 子守りはシューに任せて俺は相談の仕事へ向かうことにした。


***


「このレベルのダンジョンからは全てのものに注意すること」


 俺は相談に乗りながら書類を眺める。元A級鑑定士で定食屋を経営していたが廃業、親父の政策で出戻りをした人だ。

 最近のダンジョンの傾向について話してから彼は相談を終えて部屋を出て行く。


「大変ですね」


 ミーナが苦笑いをした。


「ほんとすみません、鑑定士部の部屋が空いてないとかでここでやることになっちゃって」


 鑑定士部の方は廃業したやつらを最大限に使うためにいっぱいになってて使えない。仕方なく相談室を流通部のこの執務室にしたが……ミーナにとっては業務の邪魔以外のなにものでもないだろう。


「そういえば、最近不穏な動きがあるのをご存知?」


 ミーナはエリーに合図してドアのプレートを「取り込み中」にしてもらう。


「流通部でも話題になってたんだけど……ね。魔物保護団体っていう組織があって最近ギルドの中でも加入者が増えているって話」


 うちのバカ戦士とバカ蛇が好きそうな……名前だな。


「ダンジョンへの冒険者派遣に反対してるっていう感じっすか?」


「ええ、そうね。一方的に複数で魔物を退治することに対して疑問を抱いているようね。だから……」


「俺たちが追ってる奴らを……使うかもしれない。うちの仲間をスパイに送りますか」


 ミーナは首を横に振った。

 危険か。


「少し様子を見ましょう。それに、フィオーネさんなら既に入会しているかも」


 ミーナが意味深な笑みを浮かべる。

 あのバカ戦士はそういう権利関係の主張が大好きで、フィオーネ自身も魔物の血が流れているだけあって、そういう存在を知っていれば即入会するだろう。

 成金ではあるがいいところのお嬢さんだしな。


「冒険者に危害が加えられる可能性が高い……っすね」


「ええ、それを危惧して鑑定士部と薬師部、医師部は此度の鑑定士派遣に賛成したのですよ。鑑定士を増やすことで以前のような毒物騒ぎを防ぐために……ね」


 あぁ、まためんどくさいのが出てきたなぁ。

 

「そうだ、人狼の子。可愛いわね。コボルトは成長が早い代わりに成年期が長いからきっとみんなを支えてくれる存在になるはずよ」


 ミーナは「そのかわり」と釘を打つように言ってから


「発情期が多いからシューちゃんにしっかり管理してもらわないとね」


 すごーく、すごーく嫌な予感がする。

 もふもふは好きだけど迫られるのはちょっとなぁ……。


「ソルトさんの相談者が」


「あいよ」


 新しい相談者の話を聞きながら、俺はどうやって人狼娘を隔離しようかと考える。あぁ、やっぱり増築が必要だ。

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