第93話 急成長の犬耳娘(1)
俺の腕の中で可愛らしく眠っているのはまだ産まれて間もない【人狼】である。ヴァネッサの読み通り、コボルト系の最上位魔物である人狼が産まれた。
「なんで……メスなんだよぉ!!」
俺の願いは虚しく産まれたのはメス。
つまりは女の子だ。
「いいじゃない、人狼ってんだからきっと素直で人懐っこいですよ」
リアの思考回路はきっとどうかしてる。
人狼なんてのは凶暴で有名な魔物だし、愛玩用コボルトのような人懐っこさなどおそらくないぞ、きっと。
「ママはクシナダですねぇ」
フィオーネが今にもとろけ出しそうな表情で赤ん坊を見ながら言った。クシナダはなんだか誇らしげに赤ん坊を眺めている。
「えへへ〜」
えへへじゃねぇよ。
テラコヤをやりたいクシナダに任せてみるのも良さげだが、こいつは今毎日研究部で働いているんだぞ……子育てなんか無理だろ。
「満月になると凶暴になるにゃ……けど大きくなれば自制はきくはずにゃ。それまではシューがなんとか魔法で抑えるにゃ」
シューには頭が上がらない。
スローライフどころかここのところハードライフなのに付き合ってもらっている。今度、こっそりダンジョンに連れていって生の肉でも食わせてやらないとな。
「じゃあ、私は寄宿学校での授業があるので今日はハクさんとサクラちゃん作物の収穫お願いします。サングリエさんのワインの方も手伝ってあげてください」
サングリエがにっこりと微笑んでいるが、彼女のワインが実はうちの農場の主軸だったりもする。
「ソルトは? 今日も相談役?」
「あぁ、でも午前中はそっちを手伝うよ」
サングリエは無理をしないでよ、と言いながらも少し嬉しそうだった。俺がギルドにこもりっきりで結構負担をかけていたもんな……。
人狼の赤ん坊が泣き出す。
「名前を決めてあげないと〜」
フィオーネがクシナダに言った。
クシナダはうーんと首をひねって俺の腕の中の赤ん坊を見つめる。
どうせろくな名前つけやしないぞこいつ。
「ワンワン」
ほらな。さすがフィオーネの娘。
「クシナダ、そんなんじゃ可哀想だろ。普通の名前にしてやれって」
こんな時、ソラがいれば……と俺は双子の姉妹を思い浮かべた。クシナダもウツタもソラが決めた名だ。極東の神様に由来するとか言ってたっけ?
「たまごを拾ったやつに決めさせたらどうだ?」
ヴァネッサさならまともな名前考えるだろ。
***
「へぇ〜、でもさソルトはよくやってると思うよ」
ふわふわの感触が俺の後頭部を包み、柔らかい女の匂いが俺の脳みそをだめにする。俺の視線の先にはサングリエがりんごを向く真剣な顔、下から見上げても彼女は美人だ。
「なんか変なの。膝枕の連鎖じゃない」
サングリエが笑ったせいで俺の頭が揺れた。
そう、俺の膝の上あたりでは黒猫姿のシューが寝息を立てている。
「ジャネットとロマーリオがいなくなった時、ダンジョンの中で何があったかはわからないけれど、でもきっと彼らを絶望させる何かがあったはずよ。ドラゴンがいたダンジョンだもの。なんだって考えられるでしょ」
鑑定士と薬師を見捨てようとしたとか、そんなところだろう。
そもそも、そいつらが本当に犯人かどうかなんてわかりゃしないんだし。
「ソルトは結婚とか考えてないの?」
「ないよ」
「そっか……」
結婚するなら天職なしの一般の子か、もしくは優秀な天職の子かな。
なんて考えながら俺はサングリエの顔を見つめる。
何こいつ赤くなってんの?
「結婚するならどんな子?」
「あー、天職なしの子か優秀な天職の子かな。俺みたいな苦労させたくねぇし……。」
「回復術師は?」
「回復術師かぁ」
回復術師ってのは器用貧乏なところがある。医師未満、薬師以上で魔術師未満というか。
「微妙かなぁ」
がすん!
サングリエがいきなり立ち上がったせいで俺は地面に後頭部をぶつけ、その反動でシューが膝から転げ落ちた。
「いってぇ」
「もう時間でしょ! ギルド行きなさいよ!」
んな乱暴な……。
「へいへい。じゃあ行くか、シュー」
俺は転がったシューを抱き上げて肩に乗っけた。サングリエは大きな足音をたててワイン工房の方へと行ってしまった。
「なんなんだあいつは」
「ソルトが悪いにゃ」
「そうかぁ?」
「そうにゃ」
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