第92話 サクラのお仕事(2)
「ミーナさんなら農場に行くって言ってたけど……たまには息抜きも必要だしね?」
エリー曰くすごく楽しそうに出て行ったそうだ。
サクラになにさせるつもりなんだか。
「そうだ、鑑定士部の方から依頼がきてましたよ」
依頼か、親父からだろうが珍しいな。
書類に目を通しながら俺はため息をついた。鑑定士部への求職者が殺到か、まぁ公務員だし仕方がないかな。
「職を失った鑑定士たちが鑑定士部に殺到、とはいえ……そんな余裕はないだろうし、ってかなんで俺が招集されんだよ!」
エリーは「さぁ」ととぼけながらも何故か微笑んでいる。
「廃業申請終わってから行くよ」
バーに商店、それから定食屋か。
廃業、廃業、廃業。
「ただいま」
満足げな顔をしたミーナと大量の書類を抱えたサクラ。俺は思わずサクラの持つ書類を半分持ち上げた。
「あっ、だめ」
「だめなの?」
サクラはこっくりと頷いた。俺は黙って彼女の腕の中に書類を戻す。
「これね、ミーナさんからもらったの! すごいでしょ。でもね、サクラはお部屋がないからここでやるの!」
「薬師と鑑定士のハイブリッドなのよ? 英才教育よ、英才教育」
俺はサクラの部屋がくろねこ亭にないことを考えながら頭の中で勘定をする。そろそろ農場にある家の部屋数を増やすか……。
正直、作物が売れないなら畑の規模を小さくして自給自足分だけにするのも全然アリだし。
「サクラ、部屋がほしいか?」
「いい……の?」
「そうだなぁ、女の子だしもうそろそろ他の奴らと雑魚寝はいやだもんな?」
サクラがキラキラと目を輝かせる。
「その代わり、くろねこ亭でのお仕事がないときはお姉さんが出したお仕事をやってね?」
「お仕事ってなんすか?」
ミーナは「これね」と言いながら書類……というか手書きのノートのようなものをバサバサと広げた。
「これはね、私が独自で研究した研究ノートなんだけど……なかなかまとめられなくって。サクラちゃんにお願いしようかなって。こっちは用語辞典でしょ、それから調薬全書でしょ……薬草辞典に」
ミーナはまるで弟子でもできたようにはしゃいでいる。戦士と違って鑑定士や薬師に学校のようなものはない。基本的には血統遺伝なので親に教わるか、もしくはギルドの鑑定士部や薬師部に研究部員として入るしかない。
「勉強部屋か……新しく改築ができるまではリアとハクの部屋で勉強するのがいいかもな」
サクラは「うんっ」と嬉しそうに頷いた。
「エリー、フィオーネを呼んできてくれないか。台車とそれからサクラの荷物をくろねこ亭から牧場の管理小屋に移す話をしてやってくれ。フィオーネは農場か魔物小屋にいるはずだから」
エリーは「わかりました」と言ってから執務室を出て行った。
***
「親父……じゃねぇや鑑定士部長さん。俺に依頼ってなんすか」
親父はタバコの火を消して嬉しそうに微笑んで手招きをした。すごくすごく嫌な予感がする。
「いやー、特別顧問にはすこ〜し協力をしてもらうだけだ」
俺は親父に連れられて鑑定士部のとある会議室へと向かった。昔は鑑定所としてギルドとは別の建物を与えられていただけあって他の部よりも広い。
で、この会議室には満杯に人が集まっているのだ。
どいつもこいつも不安な顔で壇上に上がった俺と親父を見ている。
「職を失った鑑定士たちよ! こいつは数々の毒物事件を解決した元S級鑑定士のソルトさんだ! 今は流通部で特別顧問をやってる」
おぉ!
と歓声が上がって俺は恥ずかしいやら照れ臭いやらで顔に血がのぼって鼻血がでそうになる。
親父の野郎、後で覚えておけよ。
「昨今、鑑定士が起こした事件や鑑定士の不手際で俺たちの株がだだ下がり、冒険者を引退したやつにも被害が及んでいる!」
「で、鑑定士部長である俺は考えた。鑑定士の価値をあげようじゃないかと!」
またもや歓声が上がる。
いや、俺必要ですか?
「そこで、俺ァ考えた。鑑定士がみんなで頑張ってこの危機を乗り越えるべきってな!」
親父は腕を組んでドヤ顔で
「これから鑑定士を雇う金のないパーティーに鑑定士を派遣するサービスを展開しようと思う。鑑定士部附属の鑑定士がパーティーにお供することでダンジョン攻略の効率をあげて危険性を下げる」
安売りサービス……これって効果あるのか?
俺は不安になりながらも口を挟まずに聞く。
「鑑定士側にもメリットはある。一回きりの雇われだ。嫌な冒険者なら次から断ればいいし、鑑定士部で作ったブラックリストを活用することも可能だ。お前たちが活躍すれば鑑定士の地位は上がり、もしも気に入ったパーティーがあれば再度冒険者にカムバックすることも可能だ!」
親父は上層部との交渉に成功し、鑑定士部が認めれば冒険者再登録も可能になったらしい。本当に抜け目ない親父である。
「でだ。ここにいる経験豊富なソルト君が特別主任となる!」
へ?
親父何言ってるんだ?
「パーティーからの依頼は2日前に入る仕組みだ。入るダンジョンに不安がある場合や注意点はこの先輩ソルト君に聞いて不安を解消したまえ!」
このクソ親父!
俺は親父を睨みつけたい気持ちになりながらも拍手と歓声に手をあげた。
***
親父が考えたこの鑑定士派遣システムは思いの外しっかりしたものだった。依頼する際は2日以上前に鑑定士のランクと探索するダンジョンにパーティーのメンバーを事前申請。
鑑定士部が選んだメンバーを派遣するが、料金は一律で鑑定士は2人派遣。
この2人派遣するというのが非常に大事なのだ。コストはかさばるものの、鑑定士が孤立しにくく仕事の完成度がぐんと上がる。
「戦士ってのは単純なもんだ」
親父はタバコをふかした。
俺はここのところ鑑定士たちに質問攻めにされているせいでクソ忙しいんだが……。
「一回鑑定士が使えるってわかったら何度だってリピートする。命を救われりゃそいつをパーティーに入れたくなる。安いから手が出しやすい、価値がわかれば鑑定士が必要になる。ブラックリストがあれば鑑定士を無下にはできない」
ま、辛い思いしてるやつ半分にいい思いしたやつ半分くらいだけどこうやって地道に価値を上げて行くしかないのは賛成だ。
一度きりの派遣ってのが鑑定士側のストレスを軽減しているし、まぁ廃業したやつらが冒険者に復帰できるなんて特例をよく引っ張ってきたもんだ。
「親父、なんで上層部がこんな鑑定士に優しくしてくれんだよ?」
「お前は政治を知らんからな。ちょっとつついてやったのさ。鑑定士部がボイコットしてもいいんだなってよ」
薬師や鑑定士は軽視されているが、いなけりゃいないで困るのが本音だろう。親父が「幹部」として権限を持っていることが今までと違って大きな要因だろうがグッジョブ。
「流通の方もよくなってきたよ。冒険者が鑑定士に対する信用が回復したのかもしれねぇけど」
くろねこ亭の方はまだまだだが……ま、時間が解決してくれるだろう。
「ソルトさん!」
扉がぶっ壊れたかと思うくらい思いっきり開けたのは馬鹿力のお色気戦士フィオーネである。
「産まれました!」
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