第80話 開園!俺の果樹園(2)
イザナミはシューをもふもふしながらも悲しい表情で俺たちに惨状を話してくれた。
ワカヒメたちがイザナミの命を狙ってシノビたちを洗脳したこと。ワカヒメは社の牢屋に閉じ込めてあること、ワカヒメの側近は処刑され社の前に晒されていた。晒し首というらしい。
「ワカヒメの大臣はこれを」
イザナギが取り出したのはあの洗脳薬だった。鬼姫薔薇の香りが漂っている。だが、少しだけ別の香りが俺の鼻腔をついた。
「俺たちが見つけたものと少し……違いますね」
きょとんとする一同をよそ目に俺は洗脳薬の蓋を開けて強く香りを嗅いでみる。やはり、これは少しだけ強化されているようだ。
「あくまでも可能性ですが……この洗脳薬は強化されているかもしれません。ワカヒメ様にお会いできますか」
イザナギが「その前に君の意見を聞きたいな」と釘を刺してくる。
「俺も持っているんですが……植物を成長させる作用がある魔法石です。それを使用して鬼姫薔薇を栽培している可能性があります。鑑定士しか気がつかないですが……香りに特徴が出ます」
普通の食物なんかに使う分には問題ないが、成長水は花の栽培には向かない。少しだけ匂いが強くなってしまうのだ。
今回の洗脳薬はマリアが使っていたものと比べて香りが強く、そして強烈だった。成長水だけでなく洗脳薬の濃度が高くなっているのが原因だろう。
「おそらくではありますが、鬼姫薔薇の実をいくつも使って調合しているので洗脳の成分が強く、かなり厄介なものになっているかと。わが国でヒメさんたちが遭遇した洗脳薬とはおそらく別次元のもの。薬師を集めてもらえませんか」
俺は目覚めの岩のコケで作った薬を全員に手渡し、飲ませた。
ここにいる人間は大丈夫なようだ。
「その前に、にゃ……大事なお知らせにゃ」
シューはイザナミの膝の上から降りると彼女と向き合うようにして座った。そして尻尾を振り、人間の姿に戻った。
「まぁ、かわいいおなごじゃの」
イザナミは少し残念そうにいったが、シューの尻尾を触ろうとしていた。
「イザナミ様には呪術がかけられているにゃ」
イザナミにかけられている呪いは強力なものだという。シュー曰く、いくつもの生贄を使ってかけられた術式で解くのにかなりの魔力を要するとか。
「ほっておけば後数時間で死ぬにゃ。すぐに国中の術者を呼ばないといけないにゃ。シューも強力するにゃ」
「その必要はあるまい」
しゃがれた声の主は恐ろしいほど美しい女だった。黒くて長い髪を後ろで束ね、真っ赤な口紅と赤い隈取りはいかにも極東風。真っ白な着物の上に赤い着物を羽織っている。
俺と同じ年くらいか……いや、この風格はそうでもないか。
「ヒミコさま!」
ヒメたちが悲鳴をあげた。あれが噂のヒミコ様か!
「猫又よ、力を貸してくれるね。予言は当たっていたね。さて、お客さん方、驚かないでおくれよ」
ぽんっ!
可愛らしい音とともにヒミコの頭からは白くてフサフサした毛が。お尻からはふさふさした尻尾が。
そして、シューが手渡した洗脳解除薬を飲み干して見せた。
「ヒミコさまは天狐様の血をつぐありがたいお方なのです」
テンコってのがなんだかわからない俺にはちんぷんかんぷんだ。
「天狐というのは化けぎつねじゃ」
「こらぁ! ヒメ!」
「ひぃっ!」
つまりは化け物の類ってことか。ヒミコ様の若さに違和感を感じていたのはそのせいだ。おそらく本当はすんごい長生きしている者の貫禄なのに見た目が若い女だったから……。
「ちょうどいい、ヒメ、ソラ。あんたたちもそろそろ開花させないとね。お客人、このことは内緒にしておくれよ」
ヒミコが「それっ!」と声をあげると同じような耳と尻尾がヒメとソラにも現れた。
彼女たちも化け狐の血をついでいるらしい。
「彼女たちの母親はイザナミ様の妹君。父親は私の父親にあたる天狐じゃ。心配なさんな。天狐は害をなすものではない。神に近い存在じゃ」
「では、イザナミ様。はじめるにゃ」
俺たちは廊下に追い出され、イザナギは心配そうに歩き回っていた。
誰がなんのためにイザナミを殺そうと企んだ?
むしろ、洗脳薬ではなく呪いで殺そうとしたのか……。考えることは山ほどあるが俺にはやることがある。
「ハク、あっちに戻ってありったけの【目覚め岩のコケ】を集めてくれ。これは俺からの紹介状だ。ミーナとそれからネルに許可をもらってくれ。いま手持ちにあるので洗脳解除薬を作る。薬師の皆さんはこちらへ、この社に住まう全員分作るので……まずは薬師の皆さんがこれを飲んでください」
まずは俺が口をつけ、そしてイザナギが飲んだ。
「うぬ、私は大丈夫なようだが……洗脳されているものはどうなる」
「うっ! うげぇ!」
1人の薬師が激しく嘔吐した。
「あのように粘膜にはりついたコケの成分が洗脳薬や毒を吸い出して排出させます。数時間休めば洗脳は解けるかと」
薬師数名とシノビ数名、毒味役数名が洗脳されていた。イザナギは顔を青くして
「生きているのが不思議だよ」
と言ってのけたが冷や汗で額がびっしょりだった。
「ツクヨミ……どこにいるんだ」
イザナギが沈み始めている太陽を眺めながら言った。
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