第81話 開園!俺の果樹園(3)

 イザナミの呪いを解く作業が終わった時、既にこちらでも洗脳解除薬が出来上がっていた。洗脳されていた人間は割と少なく、その目的もわからないままだった。


「さて、この呪術をかけた犯人じゃが」


 ヒミコは扇で顔を仰ぎながらぜぇぜぇと息をする。シューは疲れきった様子でイザナミの膝の上で丸くなっていた。


「社の前のやつらを生贄につかったようじゃな」


 ヒミコは大きな茶碗に入ったお茶を飲み干した。


「高貴な血を持つ者の命ほど生贄としての効力は高い。おそらく、術者はお前たちにあやつらを処刑させるために洗脳薬とやらをつかったのじゃろう」


 イザナギは「合点がいったよ」と言っているが、イザナミは不思議そうな顔をしている。


「つまり、ワカヒメ陣営は囮で……むしろワカヒメ陣営を処刑させるように仕向けたってことか。なら、彼女にもこれを飲ませましょう」


 俺は牢屋へと案内された。自害しないように拘束されたワカヒメの口元へ薬を含ませてやる。しばらくすると彼女は嘔吐し、そして静かになった。


「やはり……ワカヒメも洗脳を」


 イザナギは険しい表情になった。イザナギはそのままワカヒメを抱き上げ、牢屋を出た。

 そして、イザナギはワカヒメを布団に寝かせると社を出て晒し首になっているワカヒメの側近たちの遺体を手厚く葬るようにと命じた。

 イザナギ自ら手を合わせ謝罪の言葉を口にすることは異例だった。


「まったく、最後まで話を聞かんか」


 ヒミコは呆れた様子で腕を組んでいる。もう耳も尻尾も引っ込んでいるが貫禄だけはこの中で誰よりも上のようだ。


「ツクヨミじゃが」


「ヒミコ様の占いで何かわかったの? ツクヨミはどこにいるの?」


 イザナミはすがりつくようにヒミコに言った。ヒミコは困った顔で


「無事なことは確かじゃ」


 とだけ言った。俺はなんとなく嫌な予感がしてシューの方を見る。シューは2度尻尾を振った。


「イザナギ様、これを」


 ソラは何やら慌てた様子で一枚の巻物をイザナギの前に広げた。


「こっ……これは」


「これは、ツクヨミ様が先週開いたお茶会にございます。ワカヒメ様とツクヨミ様。互いに和歌を読み、家臣たちと茶を楽しんだと」


 イザナギの顔色がみるみるうちに青くなった。俺は「失礼します」と言ってその巻物を見る。

 極東特有の文字が読めず、ソラに読んでもらう。


「先ほど……嘔吐反応があったものは全て……この名簿に乗っている者でございます」


 あの洗脳薬が使われたのはお茶会での出来事だった。

 

「ツクヨミ様が消えたのは!」


 思わず俺の声が大きくなる。


「昨晩にございます」


 考えろ……洗脳薬を飲ませたやつはお茶会に参加していた。それでいて、ワカヒメたちにと命じ、さらにはワカヒメの大臣が黒幕であるかのように洗脳した。

 ワカヒメの大臣は「自分が黒幕である」と思い込むように洗脳された。


 そんな細かい洗脳が可能な危険な薬をツクヨミは飲まされ……そして


「どこにいる?」


「最後まで話をきかんかい、イザナミに呪術をかけたのは他でもないツクヨミ坊ちゃんだよ」


 ヒミコは扇をたたみ、鋭い視線を満月に向けた。


「あやつは茶会に呼んだ人間に洗脳薬を飲ませ、にえを作るためにワカヒメ陣営を利用した。死罪が執行された昨晩、イザナミ様に呪いをかけ……姿を消した。イザナミ、昨晩ツクヨミと話したかい?」


 イザナミは小さく頷いた。

 そして


「その時にこれを……母様への愛の印だといって」


 イザナミは小さな勾玉をヒミコに手渡した。


「おそらくその時に呪術が発動したんじゃろう」


「ツクヨミ兄様は王国きっての魔術師、可能性がないわけではないです」


 ソラが俺の耳元で言った。

 ツクヨミさんについてよく知らない俺にとっては非常にありがたい。


「ヒミコや……それは確実なのか」


 イザナギは妻の肩をそっと抱きなだめながら言った。ヒミコは「いかにも」と短く返事をしてから


「やつを敵とみなし、お前たちを守る術をこれからこの社に張り巡らせよう。ソルト殿、すこしばかりこの猫又を借りるぞ」


 シューが「にゃあ」と鳴いた。

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