第78話 幼なじみ(2)


「へぇ……すごいわねぇ。経営者になったって本格的じゃない」


 サングリエにやってもらえそうな仕事を一回り教えて、くろねこ亭まで案内を終えた。一応この場にはいないゾーイやフィオーネの話もしておいたが、多分サングリエならすぐに仲良くなれるだろう。


「で、採集とか討伐……はフィオーネが帰ってきてからだけどお願いするかもしれん」


 ミーナの執務室、ソファーに座ったサングリエはお茶を出してくれたエリーに「ありがとう」とお礼を言って俺の方に向きなおった。


「いいわよ。本格的にダンジョンばっかり入るのはあれだけど、たまにだったら」


 サングリエはどうやら冒険者としてガツガツ働くのはあまり望んでいないらしい。まぁ、人が簡単に死ぬような生活に戻りたいと思わない気持ちはわかる。


「ソルトさんから聞いたかとは思いますが、今ギルドでは鑑定士ジャネットと薬師ロマーリオを追っています。あなたにはその協力をしてほしい」


 サングリエは「わかりました」と答えた。


「なんか、嫌な感じですね。お金で動くって感じが……そのソルトのやってることの反対っていうか」


 ミーナと俺はそんな発想が全くなかったので驚いた。


「だって、ソルトは鑑定士の力を活かして美味しいものを作ったり、みんなの役に立つことをやってるでしょ? でも、ジャネットたちはその逆。悪い人たちに自分のスキルを売ってる。誰かの恨みや欲望のために自分たちの知識を使ってる」


 ズズッとお茶を飲んで、「胸糞悪いわ」とサングリエは言って、絵を描き始めた。ジャネットとロマーリオの似顔絵だった。

 全く、なんでもできるこの女は。


「フィオーネさん、今日戻ってくるそうですよ。どうやら色香を抑える方法をマスターしたらしいわ。久々にダンジョンでも行ってきたらどう? ここのところ流通部は落ち着いてるし」


 シューが「にゃあ」と鳴いた。

 

「フィオーネは戦士だけど話のわかるやつだ。バカだけど」


「そう、クランベルトって言ったらサキュバスの血が混ざってる成金家庭よね。そのお嬢様か……でもソルトがそういうんだからいい子なのよね」


 いい子……かどうかは別として、他の戦士とは違うはずだ。


「あーダメダメ。こんなこと言ったら。子供の頃は天職とか血筋とか関係なく仲良くできたのにさ。今じゃ、変なことばっかり。ね」


 俺はとりあえず苦笑いをして、お茶を飲んでごまかした。

 

「そうだ、2人で採集に行ってきてくれない? 薬草が足りなくなっちゃって」


 ミーナの膝で寝ているシューを起こさないように俺たちはダンジョンへと向かった。採集用のダンジョンなので魔物はいない。

 土産に魚でも釣って帰ろうか。


***


「なんで俺を訪ねてきたんだよ」


 薬草を摘みながら、サングリエに聞いてみる。サングリエが何か抱えていることくらい俺にだってわかる。


「私、冒険者やめようかなって思ってたの。その時、ネルからソルトのこと聞いてさ。マイペースに生きていくことができたらって」


 控えめに笑ったサングリエは悲しそうで、彼女が冒険者をやめようと思った理由について聞くのが申し訳なかった。


「お前が第2部隊なんておかしな話だと思ったんだよ」


 サングリエはとにかく優秀で、俺とタケルの勧誘を断って迷宮捜索人になった女だぞ。

 サングリエに断られたからマリカを入れて……懐かしいなぁ。


「中の良かった女の子をね。救えなかったの。それから、うまく魔法が使えなくなった。私が術をかけると命がこぼれ落ちていくみたいで」


 黄金マスを釣り上げてバケツに入れる。

 サングリエも同じようにマスを釣ってバケツに放り込む。魚はバタバタとバケツの中でしばらく暴れて、まるで諦めたようにおとなしくなった。


「それがね、フラッシュバックするの。大好きだった子の命がなくなっていく瞬間を、助けてお願いっていう目から光が消えていく瞬間も。迷宮捜索人ってねほんと大変なのよ」


 助けてもらう側はわかんないでしょ?

 と笑って見せたが、サングリエは泣いていて俺はどうしたらよいかわからなかった。確かに回復術師ってのは微妙な立場だ。

 医師のように環境が整った上で治療を行うのではなく、魔法で突貫的に治療をする。優秀であれば簡単な損傷や内臓くらいは治療できてしまうが、腕が取れたり吹っ飛んだりした時つなぎ合わせることはできない。

 それでも戦場の人間たちは回復術師に頼り、命をあずけるのだ。


「迷宮捜査人ってね、結構人死ぬの。それは仕方ないことだってわかってても私は耐えられなかった」


 鑑定士である俺にはわからなかった。

 回復術師なんてのは鑑定士をバカにしてくるめんどくさいやつらっていうイメージだったし、俺からすれば人の体を治癒できるなんてとんでもなく素晴らしい才能だと思う。

 でも、サングリエの話を聞いてみてなんとも遣る瀬無い気持ちになる職業なのかもしれないと思った。


「うちにいると面倒事に巻きこまれるぞ」


 サングリエは驚いたように俺の方を向いた。


「おい、魚逃げたろうが」


「いいの?」


「いいよ、1人や2人増えたって変わんないし、それに……俺はずっと」


 言いかけてやめた。

 サングリエはわかったのかわかってないのか魚釣りに視線を戻した。

 俺はずっとこいつと一緒にダンジョンへ冒険に出ることが夢だった。俺が戦士でサングリエが回復術師で。

 まあ、俺が鑑定士の時点で夢は砕けたんだけどもな。


「私も働き手になんなきゃね。そうだ、ワイナリー作ろうよ。たくさんの果実を育ててさ。私にやらせて」


 都合が良すぎる気もするけど、サングリエをほっとくわけにもいかないし……。果樹園は俺もほしいと思ってたし。

 それに、幼なじみってのはいいもんだ。

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