第77話 幼なじみ(1)

 フィオーネが花街に行ってから、俺は農場で仕事をしている。タケルに頼む手もあったが、それは嫌だったので俺が仮用心棒を勤めている。


「クロ〜、シロ〜お前らはいいなぁ。よし、とってこい!」


 円盤型の木を投げてやるとコボルトたちは元気に駆けていき飛びついて戻ってくる。

 なんて平和、なんて可愛いんだ。


「完全に引退したおじさんにゃ」


 シューは悪態をつきながらも干し草の上で日向ぼっこをしている。目一杯体を伸ばして尻尾をだらりと垂らし、気持ち良さそうだ。


「元はといえば、こうなる予定だったんだっての」


 コボルトたちと戯れて、ごろりと寝転んだ。太陽が眩しくて目が開けていられない。気がついたらコボルトが俺の腹を枕にしてうたた寝をしてる。

 セブンベリーは何が実っているだろうとか農業用の水路に淡水魚が繁殖したらいいなとか。そんな考えばっかりだ。

 でも、それがすごく幸せで俺が求めていたスローライフである。


「ごめんくださーい!」


 聞き覚えのある声、俺の心臓がどきりとする。

 何年振りだ?

 あぁ、最悪だ。


「ここに、ソルトっていう元鑑定士がいると思うんですけど……あえますか?」


「ええ、牧場の方にいますよ。ソルトさーん」


 ハクが連れてきた女は俺のよく知るポニーテールで大胆にへそを出した不可思議な服を着ている女サングリエである。


「あっ、ソルトー。鑑定士やめちゃったって聞いてびっくりしたわよ。久しぶり。なによ、だらだらして」


 相変わらずのお節介ぶりで俺はため息をつく。

 彼女は俺の幼馴染で回復術師である。俺なんかよりもはるかに優秀で迷宮捜索人をしていたはずだが……。


「いいだろ、今はギルドの流通部ってとこで顧問してんだ。一応幹部付きのな」


 サングリエは目を丸くして何度か瞬きをした。綺麗な青い瞳は相変わらずだと見とれてしまう。


「お前は?」


「あ、私? それは別にいいじゃない」


 なんか面倒事持ってきたな……とは思いつつ俺は起き上がってサングリエを家へと連れて行った。


***


「にしてもさすがよねぇ。お人好しって感じ」


 昔っから困っている人を見ると声をかけずにいられなかったもんね。と周りに聞かれたくないことを言いやがる。


「サングリエ殿の服装はとても身軽でシノビとよく似ておりますね。ハクもそのおへそを出した衣装を仕立ててほしいです」


「こっちの方が動きやすいのよね。ふふふ、今度一緒に買い物にいきましょうね」


 相変わらずのコミュ力ですね。

 俺は黙って焼きたての焼き菓子と紅茶をテーブルに並べる。サングリエは何のために俺を訪ねて来たんだろうか。


「サングリエ、お前迷宮捜索人はどうしたんだよ」


 サングリエの表情が曇る。俺はこいつを昔から知ってるから、何か嫌な事があったってすぐにわかる。

 でも、多分そのせいで俺は巻き込まれることになるんだろう。


「それがね……鑑定士と薬師が行方不明になって先陣部隊が解体。それに、ギルドで毒物騒ぎがあったとかで医師まで抜けちゃったし。新しい捜索隊じゃウマがあわなくって」


 俺はその行方不明になった鑑定士と薬師が闇に暗躍するやつらじゃないか、そんな風に思った。

 だからサングリエに聞いてみる。


「なぁ、その鑑定士と薬師って怪しいやつらだったりする?」


 何を言ってるのよ? とサングリエは鼻で笑ったが俺たちの真剣な顔を見て首を傾げた。

 俺が今までの事件について説明すると


「じゃあ、ジャネットとロマーリオが犯罪者に手を貸しているって言いたいわけ? うーん」


 サングリエは「なくはないかも」とつぶやいた。


「死んじゃった前の戦士、隊長はね……昔気質っていうか……わかるでしょ」


 わかるよ。

 鑑定士なんていらないって思ってるタイプの戦士だろう。何となく、想像がつく。鑑定士と薬師ってポジジョンは強すぎる戦士や優秀すぎる回復術師や医師がいると役に立たないことも多い。

 むしろ、お荷物ポジションである。


「でも、ミーナの話じゃ他のパーティーは全滅って聞いたにゃ。サングリエは何でいきてるにゃ」


「私は第2部隊だからよ。ジャネットたちは先陣。私は第2部隊としてダンジョンの入り口で帰りを待って、もしも約束の期日までに帰ってこなかった場合は追加の捜索隊と応援を要請するって役回りよ。ほとんどが回復術師や医師で構成されていて私はその中の一人。全滅したのは先陣部隊のみんなよ」


 そうか、迷宮捜索人の構成ってのはよくわからないが確かに部隊を分けた方が効率が良いかもしれないな。


「先陣部隊の鑑定士と薬師は1人ずつって決まってるんだけど……隊長はすごく嫌ってたの。お荷物って呼んだり笑い者にしたりしてね。胸糞悪かったけど、隊長には逆らえないし」


 サングリエはため息をついた。


「で、別の隊で続けてみたんだけど長続きしなくってさ。しばらくでいいから居候させてくれない?」


 俺は面倒事じゃなかったことにホッとしながら、回復術師がいると便利だなとか考えていた。

 フィオーネが覚醒して戻って来て、ゾーイが戻ってきて、そんでもってうまいことサングリエがここに定着すれば、そこそこのダンジョンに入れるようになるんじゃないか。

 そうすればもっと儲かるぞ……。


「なにニヤニヤしてんのよ」


「ほんと、これ、お金のこと考えてる顔ですよ、サングリエさん」


 リアがじとっとした目で俺を睨む。


「サンでいいわよ。サングリエって名前好きじゃないのよ。異国の言葉でイノブタって意味なのよ。ほーんと私のお父さんがアホだったせいで困っちゃうわ」


 リアがケタケタと笑ってサングリエと仲良さげに話し出した。

 

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