第76話 色気爆発(2)

「フィオーネ、これはどういうことだ?」


 きょどるフィオーネ、色気が増している。これ、どうにかならないのか。

 シューまでゴロゴロ言いながら腹を出している。


「わ、私……お金が必要で」


 お金が必要で人体実験に参加したってのか?


「月々の給料じゃ足りないか」


「たっ……足りません」


「なんで」


「そ、それは……クシナダに場所を買ってあげたくて」


 場所ってのは土地のことだ。テラコヤをやるとかやらないとかその話だろう。母親ごころってやつか。


「自分が何したかわかってるのか?」


「ぐれーどあっぷ。ですよね?」


 その言い方全然わかってねぇだろ、こいつ。

 俺はフィオーネから視線を逸らし、平常心を保ちながら話を続ける。


「お前のサキュバスの血が色魔女っていう上級の魔物に進化したんだ。だから見ろ、リアもシューもお前の色香に惑わされてるだろ?」


 フィオーネは不思議そうに首をかしげる。

 これだからバカは困る。


「そう言われても……私は普通に過ごしてるだけですし」


「来い」


 俺はフィオーネの首根っこを掴んでギルドへ向かった。


***


「ほぉ、なかなかだな」


 ヴァネッサはジロジロとフィオーネを見ながら言った。研究者ってのはロクでもないな思った瞬間である。まるで人間を実験材料かのように眺めているのだ。

 一方でフィオーネの方はヘラヘラしている。


「フィオーネ、これだけ上手に進化できたなら目を閉じなくても魔物を倒せるはずだぞ」


「ほ、ほんとですか! わあ楽しみ!」


 楽しみ! じゃねぇよ……。

 自分の体が変化する可能性だって十分にあった危険な実験なんだぞ? 何を呑気にハイタッチしてるんだか。


「で、これじゃあ困るから色香の押さえ方をだな」


「そうか、フィオーネはそれができないんだな」


 ヴァネッサが急に深刻そうな顔をするもんだからフィオーネまでシュンとする。なんなんだ全く。


「悪いけど、色香を抑えられないなら農場に置いとけないぞ。無論、くろねこ亭もだめだ」


「なんで意地悪言うんですか! 色魔女差別ですか!」


 出た……。

 一番厄介な権利だけ主張するバカ。


「違う、みんな仕事になってなかったろ。その……お前に夢中で。そうやってお前はいつも自分の権利ばかりだな」


「じゃあ、どうしたらいいんですかぁ」


 それを今みんなで考えてるんです。

 俺は、色香を抑えるような何か植物はなかったかと考えを巡らせてもなかなか出てこない。

 

「親父、なんか心当たりないか?」


「そ、そ、そうだなぁ。一度だけ色魔女と戦ったことあるが……その気がついたら身ぐるみ剥がされてたよ、はっはっはっ」


 だめだこりゃ。

 親父に女子たちの冷たい視線が集まる。特にミーナとネルは怖い顔をしていた。親父はこの女性幹部にはかなり良くしてもらっているらしく、あぁ、こりゃ嫌われたな。

「仕方ない……色魔女のことは色魔女に聞くしかないですね」


 ネルは腕を胸の前で組んで眉をくいっとあげた。

 彼女にはフィオーネの色香が効かないのか、平静を保っているようだった。


「花街に色魔女の知り合いがいます。彼女にやり方を聞けば、あなたもコントロールできるようになるでしょう。ただ……保証はしませんよ」


 フィオーネが目を輝かせ、ネルがため息をついた。

 俺は「すいません」と代わりに頭を下げ、部屋を出た。花街なんて冒険者を辞めてから随分行ってないし、行く気もない。

 正直、あそこにいる女性はちょっと苦手だ。


「フィオーネ、ネルさんの言うことを守れ。もしも、色香を抑える方法を習得できなかったら農場からは追放だ」


 フィオーネはわかっているのかいないのか元気に頷いてネルと一緒に執務室を出て言った。

 安堵のため息をついたのは俺と親父、そしてミーナだった。


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