第75話 色気爆発(1)


 やっぱりなんかおかしい。

 これは確実におかしい。


「次は何をしましょうか」


 俺を見るその瞳、いつにも増してバカっぽくてエロい。フィオーネ、お前は何があったんだ。

 これは男以外にも効果があるようで。

 リアがフィオーネに見とれてミルクをダバダバとこぼしている。


「フィオーネ、怒るなよ? 怒るなよ? お前今……発情期か?」


 フィオーネは真っ赤になって俺を突き飛ばす。

 いや、当然の反応ですよね、すんません。


「ちっ! 何を言い出すんですかっ! レディーに対して失礼な!」


「お前のその……サキュバスの力が強くなってる気がして……だな」


「確かに」


 冷静な声で答えたのはクシナダだった。そしてなぜか半笑い。

 こいつ……いや、研究部の仕業だな?

 今日、ギルド行ったら問い詰めてやる。


「フィオーネ……ぎゅうしていい?」


「り、リアさん?」


 じゃれる女たちを差し置いて、俺は農場へと向かった。ミーナに頼まれていた薬草の栽培が終わったので収穫して今日持っていくのだ。

 薬草ってのは危険なものも多いが、薬師がしっかりと調薬すれば安全なものになる。俺も最近は安眠草を軽く摂取してから眠ることが多い。

 この家は雑音が多すぎる。


「ソルトはけーっきょくギルドの犬のままにゃ」


 シューは呆れたように耳をピクピクさせて俺の肩を小突いた。珍しく人間の姿になっているシューは本当に可愛い。獣人なんて奴が本当にいればこんな感じなんだろうか。


「そうだなぁ……どこいった俺のスローライフ」


 元はと言えば、フィオーネを拾ったあたりから歯車は狂い始めた。シューと2人でひっそりやっていく予定が雪だるま式に仲間が増えて行って気がついたらテラコヤまで開こうとする奴がいる始末だ。

 

「ま、鑑定士がこんなに頼られるのは嬉しい限りだけどな」


 最近ではダンジョン攻略に鑑定士を同行させることが義務付けられた。俺が冒険者だった頃では考えられなかった話だ。

 そんな需要がある中で鑑定士に求められるレベルも上がってきているわけで……鑑定所のリアも簡単なダンジョンであれば駆り出されるらしい。

 ほんと、ご愁傷様。


「私はソルトが満足ならそれでいいんにゃけど」


「今度2人で釣りでも行くか」


「そうするにゃ」


 シューは黒猫の姿になると俺の肩にひょいと乗る。最近じゃ戦うこともほとんどないし、腕もなまってきてる。このまんま、親父みたいに結婚して子供でも作って農家のおっさんになるのも悪くない。


***


「なんですか、その目は」


 ヴァネッサが真っ青なクマができた顔で俺を睨んでいる。いや、正直これは俺が怒っていい案件だろ。


「うちの用心棒にこれを……飲ませたんですか」


「安全性は確保してあるって」


「そうじゃなく、彼女に無断で飲ませたんですか」


「そうだ」


「こいつぶっ飛ばしていいですか」


 ミーナは首を横に振った。俺はぐっと拳を握り、そして自分の太ももを叩いた。

 この研究バカことヴァネッサはフィオーネに「魔物進化水」なるものを飲ませたそうだ。無論、この前の事件で手に入れた魔石を使って研究部が独自に作ったものらしい。


「問題ないよ、彼女はサキュバスの血が流れているのみ。その血をグレードアップさせ【色魔女しきまじょ】にすることで上級魔物のものへと変化させたんだ」


 変化させたんだ。じゃねぇよ……。


「つまりだ、彼女が悩んでいた件も解決するわけだ」


 低級魔物であるサキュバスは同じ魔物を殺すように作られていないことからフィオーネは魔物に同情してしまうという性質を持っていた。

 それが上級魔物の血にグレードアップしたことで解消されたということである。とはいえ……


「家であんな色気を振りまかれていたら困る」


 ヴァネッサは知らぬ存ぜぬと言いたそうに両手を広げて見せた。


「それは、本人が調整できてないだけだろ」


 俺はミーナの方を見たが、ミーナはまた首を横に振ってみせる。

 

「勝手に人で実験するなんて流石に幹部様がやることっすか」


「勝手になんかしてないよ、ほらみろ」


 ヴァネッサは書類を取り出して俺の前にひらつかせた。


「なんだこれ……治験内容は公表できません。報酬8万ペクス」


 あのバカ絶対に理解してないぞ……そもそも自分がグレードアップしたことに気がついてないはずだ。


「こんな大金……あいつ何に?」


 ヴァネッサは俺から書類を取り上げると「じゃあね」と行って執務室を出て行ってしまった。

 呆れ顔のミーナと大あくびをするシュー。


「なぁ、色魔女ってやばい奴だよな」


「ええ、やばい奴です」


「そうにゃ」


 俺の口から大きなため息とともに静かなスローライフ生活が逃げて行くような気がしてならなかった。

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