第74話 反抗期(2)


「今日はご飯いらない」


 クシナダは早々に部屋に戻っていった。大食らいであるはずの彼女の異常な行動に俺たちは少し危機感を覚える。

 俺自身、なんて言葉をかけて良いかわからなかった。


「仕方ないにゃ」


 シューがクシナダを追って2階へと上がっていった。俺はこっそり後をつける。


「シューちゃん」


「クシナダは何が不安にゃ」


「私……なんで魔物なの? みんなと同じ人間がよかったよ」


  涙声になったクシナダ。シューが困った顔をしているんだろう。しばらく沈黙が続いた。


「私、戦いたくない。戦士なんかいやだ」


 俺の戦士嫌いがこいつにも伝染しちまったか?

 フィオーネの前では出さないようにしているが、やっぱり戦士に対する苦手意識は無くならないし、ちょっとした拍子に戦士をバカにしたり引き合いに出したりしてしまう。

 それが幼いクシナダの目にも入っていたのであれば俺の責任である。


「戦わなくていいにゃ。戦わずにのんびり過ごすためにここがあるにゃ」


「ここにいていいの?」


「いいにゃ、ここはクシナダが生まれた家にゃ。ずっといる権利があるにゃ」


 シューは安心させるようにいってから


「でも、人間はすぐに死ぬにゃ。ソルトもフィオーネもみんな……みんな私たちなんかよりもずっと早く死ぬにゃ。それでも私は今、今一番居たい人と一緒にいる。それだけにゃ。クシナダもそうするにゃ」


 シューが部屋から出てくると俺に気がついて尻尾をぶんっと振った。


***


「私……ちゃんと勉強したい」


 クシナダは勝手に俺の部屋に入ってきて、寝入りそうだった俺を叩き起こした。こういうバカまっすぐなところはフィオーネにそっくりだよなぁ。


「寄宿学校か?」


「ううん。違うの、やっぱり……戦士にはなりたくない。でも、ちゃんと勉強がしたいの。だからね、ソルトに手伝って欲しいんだ」


 戦士っても毒戦士とかいう変な天職だったしバカではなさそうだ。まぁ、クシナダはそもそも知能がある魔物だから天職が戦士だとしても人間とは少し作りが違うのかもしれない。


「私みたいな……魔物やエルフの子が安心して過ごせる寄宿学校を作りたいの!」


 いや、また突飛押しもないことを言い出したこいつ……。

 権利主張モードのフィオーネみたいだぁ。


「まずは簡単な読み書きや計算、農業の方法なんかを教える小さな教室からはじめて……それで徐々に冒険者を目指す子とそうでない子にわかれて……」


「それはテラコヤですなっ!」


 どっからか現れたハクが得意げに言った。心臓が止まるかとおもったぜ……やめてほしい。


「テラコヤ……? だからねっ、だからね私を正式にここの従業員として雇ってほしい」


 ハクの提案をスルーしたクシナダは俺に頭を下げた。

 そうか、クシナダはうちの子供扱いで特にお駄賃をあげていたわけじゃなかった。むしろ、こいつの食う量が多すぎてこいつに関しては赤字だったくらいだ。


「お前、自分の食費知ってるのか?」


「それも……ちゃんと考えてる。私がお金を貯めたら……テラコッタを開くために頑張りたいの。だから雇って」


「テラコヤです!」


「テラコヤ!」


「ならさ……」


 俺が口を開くとクシナダとハクがぐっと近寄ってくる。

 俺はドギマギしながら続ける。


「まずはクシナダが勉強しないとだろ?」


 まだ何もしらないクシナダがなぜテラコヤを開くって話にねじ曲がってるんだ? そもそも、クシナダ自身が学ばないと教えるもクソもない。


「あぁ……そっか」


 やっぱこいつ戦士だわ。


「ギルドのアルバイトにでも出て見たらどうだ? どっかの部が募集出してるかもしれねえし。まぁ、研究部だけはやめとけ。あそこは魔物で研究してるようなとこだし」


 クシナダは目を輝かせる。


「研究部……そこでたくさん魔物のことを知れば将来は魔物と人間が仲良くなれるかもしれない!」


 スーパーポジティブ!

 絶対辛いだけだからやめとけ!

 目の前で魔物が実験されたり切り刻まれたりするんだぞ!


「いや……もう好きにしろって。で、お前俺に何を言いにきたんだっけ?」


「なんだっけ」


 ハクの方を不思議そうな顔でみるクシナダ。

 先が思いやられるよ……ほんと。

 研究部で権利主張モード発動するのが目に見えすぎる。


「まぁ、人に迷惑はかけないようにな」


 俺のお世辞に元気な返事をしたクシナダは部屋を出ていった。

 

***


「ソルトー!」


 ひらひらと紙を手に持って駆けてくるクシナダ。

 あぁ、嫌な予感がする。


「研究部魔物教育課に合格したぁ! 週2回の雑用勤務!」


 明日、執務室でドヤ顔をするヴァネッサ幹部の顔が頭に浮かんだ。

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