第71話 鍛冶屋(1)

 エリーの仕事っぷりは恐ろしかった。ミーナの秘書の仕事まで奪う勢いで俺のアシスタントをしている。

 事務仕事が苦手な俺にとっては救世主である。


 年増、年増とは言ってもエルフのエリーは美しい。ネルやフーリンとも仲良くしているようで一安心だ。

 

「ソルトさん! これ新しい情報です。私が気になっている部分もまとめてみたんですが……いかがでしょうか」


 エリーに対抗心を燃やしている唯一の人物、シャーリャである。


「これは?」


「例の……魔物をアップグレードさせる魔石の件です。結構面白いデータで……」


 俺はシャーリャの書類を受け取ってお礼を言った。


「ドッグタグ? 俺の時代にはそんなのなかったぞ?」


 ドッグタグってのはその名の通り犬や牛につける名札だ。名札っていうか番号がほとんど。

 今の冒険者はこんなの持ってるんだってな。


「ソルトさんが引退して少し経ってからですよ。冒険者の身元がわかりやすいようにつけることになったんです」


 今までは冒険者カードで見分けていたが、今はこの金属製のドッグタグに名前と冒険者登録日を刻印して首からかける。

 すると顔が溶けていたり死体だけで発見された場合も簡単に見分けがつく。もっとも、死体を間違える可能性もあるとかないとかで医師部は揉めたらしい。


「ほぉ……」


 俺は思わずおっさんみたいな声を出してしまった。でも、これは興味深い。


「ミーナさん。これ」


 俺はそれをミーナに渡し、出かける準備を整える。

 エリー、シュー。行こう。


「私はヴァネッサたちを連れて追いかけます」


 ミーナは曲がったメガネを直し、ボサボサになった髪を雑に結い上げた。


***


「冒険者が食われていてもドッグタグが見つかっている場合は突然変異を起こしていない。まぁ、ドッグタグがなくても変異している例が大蛇で2回……か」


 怯える鍛治屋たちを前に俺たちは盛大なガサ入れを始めた。

 ドッグタグを作っている全ての道具や素材、それから衣服にいたるまで全てを研究所へと持ち運び、調査する。

 俺の仕事はドッグタグを作っていた鍛治師を事情調査することだった。


「俺はなんもしらないっすよ! 新人だからって武器のほうはまだ早いんでこっちの刻印を担当してただけっす! なんすかぁ……魔石ってぇ」


 イカついタトゥーをしたお兄さんは後頭部を掻いた。

 こいつが黒幕ってことはなさそうだ。

 おそらくだが、奴らはここに魔石の何かを仕込んだだろうが鍛治師たちに気がつかれないようにしたはずだ。


 というか、鍛治師は冒険者が死ぬことが利益に繋がるとは言えない。もちろん、高い武器を買ってくれる可能性はあるが……。


「これ、魔石が混入した可能性があるドッグタグだ。覚えはあるか?」


 お兄さんは険しい顔をしながらリストを眺め、一つの名前を見つけてこう言った。


「この極東っぽい名前覚えがあるなぁ……なんでだ?」


 お兄さんは「あっ」と思い出したように言った。


「そうだ、そうだ。 不具合が出たから武器工房の方のバケツつかったんだった」


 すると、お兄さんは青ざめていく。どの名前も彼の記憶の中にあったらしい。


「おい! 武器工房だ!」


 俺の声に研究部たちが反応する。そして……


「あった……」


 叩いた鉄を冷やすために使う水。その水がめの中に沈んでいたのは小さな魔石だった。


「おい! これはどこで」


 鍛治屋の主人はぽけっとした顔で


「あぁ、それなら武器の強度をあげる魔石とかなんとかで高く買ったんだ」


 男は爽やかな顔で好青年だったそうだ。

 ミーナはそれを聞いて首をひねった。彼女の知るあの鑑定士や薬師の特徴ではなかったのだろうか。


「ドッグタグじゃない……武器や防具に仕込まれていたんだ」


 叩いて形を整えて、強度をつけるために冷やし、また叩く。こうすることで魔石の成分が滲み出た水を武器や防具はパイ生地のように含んでいく。

 俺は、クシナダを見つけた時の弱った大蛇を思い出していた。弱っていたあいつは冒険者をまるのみにしていた。

 そう、丸呑みに。

 ドッグタグが見つかっているのに突然変異が見られた大蛇のダンジョンの謎はこれで合点がいった。

 俺たちが推理していたドッグタグはこいつがたまたまこの武器工房の方の水をつかった何百かが初心者に配られ彼らが食われた。

 本筋とはそれていたがシャーリャの起点でたまたまここへたどり着くことができたのだ。


 問題は、


「この魔石なら……もう世界中の鍛治屋に配られちまってるかもしれない」


「若い……男」


「にゃにゃっ! ソルト、これはまずいにゃっ!」


 シューがくわえてきた紙を見て、俺とミーナはすぐにギルドへと走り出した。

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