第70話 コンシェルジュ(2)
「くろねこ亭の2階を宿に改装する?」
「それじゃ子供たちが困るだろ」
リアが膨れっ面になる。新しい露店を増やして調理済みの弁当を売るか?
それも微妙だよな……。
「まずはソルト、エリーを探しにいくにゃ」
「今日は仕事が……」
ぎろり。全員の視線が俺に集まる。
待って待って、お前らなんで結束してるんだよ。ハクまで!
女同士の結束力強すぎないか?
「わかったわかった。エリーを見つけてからにすればいいんだろ」
「すぐいくにゃ!」
半ば強制的に追い出された俺は街に向かって歩き出した。
***
ここは宿が立ち並ぶ区画。冒険者たちや極東からの旅行者がわらわらと集まっている。確かに、俺が利用していた頃とはだいぶ変わって、とても居心地がよさそうだ。
「失礼します」
「悪いね……あんたの噂は聞いてるんだ」
黄色の髪は綺麗に結い上げられ、大きなピアスがついた尖った耳はエルフの特徴である。
「エリー」
俺の言葉に振り返った彼女の頰には涙が流れていた。笑顔がイメージしかない女性の泣き顔というのは胸を打たれる何かがある。
そんな風な感情を抱いた自分に嫌悪感を持つ。
「ソルトさん、偶然……ですか?」
無理に笑顔になった彼女は痛々しくてそして儚げだった。
「噂って? 何かあったのか?」
俺はエリーと一緒にくろねこ亭へ向かった。
***
くろねこ亭は準備中。厨房にはリアとウツタ。子供たちは畑で収穫を手伝わせている。
「うちの宿に新しく
その子の名前はリナ。
人間の子で容姿は抜群、回復魔法も使えるのでちょっとの怪我なら治してあげられる。最高の人材。
「その子すごく仕事ができてね。でも問題があったの」
「問題?」
「私に天職がないって知った瞬間、見下すようになって……ある日私がイビっているって言い出したの」
エリーは深くため息をついた。
「どこでつけたか知らない傷を私のせいにして、年増の私の嫉妬だって。年増で天職もなくもう旬がすぎた私と、優秀で若くて綺麗で頑張り屋さんな子」
「それで大将はエリーをクビに?」
「多分、ずっとクビにしたかったのよ。私は他の宿の子に比べたら綺麗でも若くもない。気の緩んだ冒険者を叱りつけるような女は邪魔だったの」
店主にとっては合理的な判断だったのかもしれない。
俺も、昨日は同じようにエリーが必要ないと思った。それと同時に優秀なエリーならどこでも雇ってもらえるだろうと思った。
もしかしたら、店主も同じように思っていたのかもしれない。
「だから……若い子をイビる女なんてどこも雇ってくれなくて。昔は、若かったからどこだって受かったわ。でも、今は違う」
「エリー。宿に行くぞ」
「えっ、私は戻りたくなんか」
「いいから!」
俺は眉間にしわを寄せ、怒りを必死で押さえながらエリーの手を引いた。そのプチゾーイみたいな受付のバカ女をぎゃふんと言わせてやる!
***
その女は本当にプチゾーイだった。
「エリーさん、もう諦めてください。あなたはクビになったんです。鑑定士なんて連れて来ても無駄ですよ。ほら、邪魔ですから」
意地悪そうな顔を見せているのは俺が鑑定士だと名乗ったからだ。
「店主を呼べ」
「なんでですか」
「いいから、おーい! 大将!」
俺の声は覚えていたのか大将が顔を出した。エリーの方をみて気まずそうな顔をする。やっぱり、大将には大将の理由があったわけだ。
おそらく金の問題だろうけど。
「まず、エリーはこいつをイビってなんかいない」
「なっ! なんの証拠があってそんなこといってるわけ? 鑑定士風情が」
俺は胸ポケットからカードを取り出してカウンターに叩きつける。
「俺はギルド流通部 幹部付き特別顧問のソルトだ。わかるか? ギルドの幹部を指導してる! 立場だ!」
半分嘘だがまぁいいだろう。合ってるし。
大将は目を丸くし、プチゾーイはわなわなと震え出した。それでも反抗してきやがる。
「だから、私はこの女にいじめられて……」
「俺はずいぶん前からエリーに声をかけていた」
何を、と大将とプチゾーイが言った。
「俺の、秘書になってくれってな。給料は今の倍。公務員だから一生安定。でもエリーは悩んでた。この宿が好きで、冒険者を癒すことが好きで、ずっと頑張って来たから。でも、お前に陥れられて決心したんだ」
これは嘘だ。
それでも効果はテキメン。プチゾーイは嫉妬でハンカチを噛み、大将は青ざめている。
「愛してた職場に裏切られた。とんでもない職場だ。なぁエリー」
エリーは小さく頷いた。
「流通部としても、考えないといけないよなぁ」
エリーは頷いた。
「いやがらせして人をやめさせて、変な噂を流すような
大将には死ぬほどお世話になってる。
だから本当にそんなことをするつもりはない。
でも、長年ここに貢献したエリーに対する仕打ちは耐え難いものだ。お灸を据えるくらいは許されるだろう。
「俺がなんでエリーを誘ったか、わかるか?プチゾーイ」
変な名前で呼ばないでよっ! と言いながらプチゾーイは答えた。
「知らないわよ。デキてるんじゃないの?」
「違う。エリーは優秀だからだ。天職があるなしなんて関係ない。天職があってもお前みたいな人を陥れる事しかできない無能もいれば、天職がなくても才能に花咲かせるやつもいる。俺は冒険者時代なんどもエリーに救われた。エリーがいたから今の俺がいる」
と、と、と特別顧問っ!
なんて悔しがっているプチゾーイを置いて、俺とエリーは宿を出た。
ほとんどハッタリで、半分くらいでまかせだが……あの顔を見たらちょっとスッキリした。
「あんなに嘘ついて……でもスッキリしました。ありがとう。もう大丈夫。
エリーは眉を下げて口元だけ微笑んだ。
「給料倍は嘘。最悪半分になるかも。でも公務員扱いだし、仕事は死ぬほどある。所属は案内部だから
エリーがいつものような笑顔になる。
俺はそれが嬉しくて、そしてミーナになんて説明しようか……言い訳を考え始めていた。
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