第63話 ギルドの女たち(3)


「いらっしゃい、おうドラ息子!」


 親父の店はいつもガラガラ。


「おっ、お嫁さんはエルフか」


「ちがっ」


「あら、それは勘違いですよ」


 ネルはカウンター席に腰をかけて親父に微笑みかけた。


「ネル・アマツカゼと申します。ギルド医師部長、幹部を新しく務めております」


 親父は焼き鳥丼を用意しながら「かっー! エリートな嫁さんだ!」となんだか嬉しそうだ。やめてほしい。


「アマツカゼってのは極東の出身かい?」


「あら……極東にお詳しいのですか? ええ。私に名前を与えてくださった恩人が極東の出身でして、まぁそんなことはどうでもよいのです」


 親父が俺たちの前に置いた焼き鳥丼を俺は貪るように食った。極東との流通が盛んになってからこれが格段に美味くなったのだ。

 この店が繁盛しない理由が全くわからない。


「元迷宮捜索人にして最年少でS級に昇格。数々の新種を発見するも突如として姿を消した伝説の鑑定士。ガリオンさん」


 親父がネルに背を向けた。


「俺ァ引退した。馬鹿息子が鑑定士になってS級にもなったし俺はもうやるこたぁねぇよ」


 タバコをふかして親父は言った。いつの間にか俺の横にはシューが座っている。昼寝中だったから声はかけなかったが心配させちまったか。


「あなたたち親子は本当にそっくりですね。ですが、ギルド鑑定士部の部長、幹部を任せられるのはあなたしかいないのですよ、ガリオンさん」


 親父は後頭部を掻いて「困ったなぁ」と言った。

 多分、ネルが綺麗だから断りづらいなぁの間違いだと思う。


「鑑定所長じゃなくて、幹部だってぇ?」


 気づくの遅っ……。

 いや、仕方ないか。


「ええ。ご子息から指摘を受けまして今までの鑑定士たちに対する差別を撤廃するために私自ら提案し、幹部たちを納得させました。その幹部の座につくのは皆を納得させられる人でなければならない」


 ま、俺は親父の七光りだって言われるのが嫌でずっと隠して生活をしてきたがネルにはすぐにバレたわけだ。

 俺が親父ほど優秀じゃないのは半分母親の血が入っているからだろう。

 なんなら俺も天職2つならよかったのに。


「できるだけあなたの要望は叶えますよ」


「ほぉ」


 ネルは焼き鳥丼を食べる。美味しかったのか箸がグイグイと進む。


「なら、秘書は可愛い女の子。それから俺には個人の執務室、執務室には台所付き。それから仮眠室と……研究室をつけてくれ」


 ネルは「親子そっくりね」と悪態をつきながらも少し嬉しそうだ。親父がギルド幹部か……。


「あと、定時には帰るぞ。これは絶対!」


「はいはい」


***


「ふふふ、リアにお父様。あなたも鑑定士部に行きたくなった?」


 ミーナは書類の山の間から俺をちらりと見つめた。丸い眼鏡がキラリと光る。忙しい時期だからか少しやつれている。


「お茶でもいかが?」


「いいっすよ、俺が」


 俺はミーナを座らせて給湯室へ向かった。彼女のお気に入りの紅茶を入れて、うちの焼き菓子を添える。本当はしっかり飯を食ってほしいんだがなぁ。


「ありがとう」


「ははは、書類手伝いますよ。仕分けしときます」


 ミーナの机の方へ椅子をひきづって俺は作業を開始する。親父もうまくやってるようだし、このままトラブルなく進んでくれたらいいが。

 

「ネルには感謝しないといけません。医師部の多くから反対されてもなお押し通したのですから。彼女を恨むものもいましょう。例の鑑定士と薬師を使って何か企むものもいるかも」


 ミーナの想像は当たるかもしれない。


「だから、ギルドに優秀な鑑定士が必要なのです。私は……先の毒物事件でたくさんの仲間を失いました。そんなこともう……させたくないから」


「例の鑑定士と薬師、そいつらが暗躍しているかどうかまだわかりませんし。もしかしたら別のやつらかも……。でもギルドは今まで以上に鑑定士や薬師を重視して動くべきかと」


「皮肉にも、他の部も同じことを言っていたわ。こんなことで地位が向上しても良くないことが起きる。そうに決まっているのにね」


 正直、俺としてはギルドに時間を割くより前々から計画していた果樹園を作りたいと思っている。

 ワインはくろねこ亭でも人気だし、樽で売ればもっと儲かるだろう。

 

 それに、果樹園の他にも俺にはいい考えがある。

 俺たち全員が癒されるあの空間をドーンと作るんだ。俺とシューの念願を叶えるんだ。


「どうかしましたか?」


 ミーナは少し赤い顔で俺を見つめていた。

 俺、変な顔でもしてたかな?


「いや、なんでもないっすよ。さ、続きやっちゃいましょ」



 

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