第61話 ギルドの女たち(1)


 俺は今、恐ろしく強い圧をかけられている。

 目の前には美しいエルフと年増とは思えないほど若々しい女がにっこりと同じような笑みを浮かべ、俺を見つめている。

 ここはギルド、流通部の執務室。俺のデスクの前。


「薬師と医師は仲が悪いものじゃないんですか」


 俺の言葉にネル・アマツカゼは耳をピクッと動かした。


「医師と薬師は切ってもきれぬ関係。薬師を見下すのは半端者の医師だけですよ。最近ではあなたのおかげで鑑定士だってその価値が認められ始めている」


 ネルのオレンジ色の瞳が妖艶に細まって俺を見透かしている。

 女狐という言葉がぴったりのエルフだ。

 

「お話は前向きに考えてくれますね。ソルトさん」


 ミーナは豊かな胸をゆっさと揺らし俺の机をボンと叩いた。

 

「いや……俺は引退して農場を経営してるだけの男ですよ。それに、これまでの事件だって俺だけが解決したわけじゃない。周りの力あってです」


 ミーナは腕を胸の前で組むと険しい顔をする。真っ赤な髪は珍しく編み込まれおしゃれなシニヨンになっていた。

 

「鑑定所の人手不足は……言っちゃ悪いですがギルドの責任じゃないですか」


 よし、少し喧嘩でも売ってみるか。


「鑑定士を軽視し続けた結果、鑑定士を目指す冒険者は少なくなった。天職を持つ人間は俺たちのように商売を生業にするようになった。俺も多くの差別を受けましたよ」


 ネルがイライラし始めたのか体を揺らす。


「戦士部の人間の謝罪があれば問題ないか」


「いや、そういう問題ではなく。ただ静かに暮らしたいんです。朝は牛の世話をして昼寝したり収穫中につまみ食いしたり。ちょっと住人は多いですけどなんとかなってるんで」


 ミーナが眉間にしわを寄せる。ネルも同じような表情をする。

 医師と薬師の仲が悪いままでよかったんじゃないか?

 

「あなたはS級鑑定士。それにギルドを救った実績もある。空いている鑑定所長の座に……入ってはくれませんか」


 そう、あの毒物事件で所長が亡くなったというのは聞いていたがまさか俺に回ってくるとは思っていなかった。

 まぁ、誰が推薦したかってのは大体予想がつく。どっかの看板娘だろう。


「とにかく、俺は無理ですよ」


「はっきり言いますけど、毒物騒動だって医師部の問題だったんですし、俺にはなんの非も義理もありません。このままの立場での勤務が不可能なら、きっぱりやめさせていただきます」


 ネルが立ち去ろうとした俺の前に立ちはだかる。ふわりと森の中にいるような香りがして、俺はエルフという種族を心底好きになりそうになった。


「ゾーイが経験を積めるように手引きをしたのは誰だと思ってるの?」


 いや……それを出してきますか。


「あれは、毒物事件での彼女の功績が認められたもので俺には関係ないでしょう」


「どういう条件なら鑑定所長になってくれるのですか」


 折れた……いや、この女まだ何か隠しているような。


「なりません。俺はあくまでも流通部の顧問。鑑定所は……そうだな。鑑定士の立場をギルドは大きく認めているとおっしゃってましたね?」


 ミーナとネルは顔を見合わせてそれから頷いた。


「なら……なぜ鑑定所……なのでしょうか。鑑定部として他の部門と同じく幹部を置き同等の発言権を与えるべきでは? 俺は鑑定士が受ける差別が嫌で引退をした。俺に復帰して欲しいならそれ相応の行動をしていただかないと」


 そう。鑑定所はギルド内部の他の部門とは少し違うようなそんな認識なのだ。

 ま、所長という言葉だけが一人歩きをして偉そうに感じるが、ようは爪弾きにされているのである。

 鑑定所を他の部よりも偉い立場のように見せ半独立させることで幹部を置かず発言権を奪っている。

 そんな差別が未だにまかり通っているのだ。



 とりあえず、今の所は回避できた……かな?

 ネルが何かをミーナに告げて部屋を出て行く。俺はミーナに軽くお辞儀をするとギルドを後にした。


***


「はあっ! やぁっ!」


 元気な声はフィオーネとフウタだ。農場でちゃんばらの練習中。

 フウタが寄宿学校からの帰省中で、少しの間くろねこ亭に滞在をしている。1回生では首席、魔術部門の授業も並行して受ける優等生で、貴族の家系の奴らをぎゃふんと言わせたらしい。


「フウタちゃんすごいね〜」


 クシナダはサクラ特性の大きなパンをかじりながら足先を田んぼの水路に浸けバシャバシャと水しぶきをあげた。

 サクラはクシナダの隣で小さなおにぎりを食べていた。


「ただいまー」


「あっ、おにいちゃんおかえり」

「ソルトさん! お帰りなさいっ」

「おっ、ニイちゃん」

「あ……ソルトさん」


「フウタ、体格よくなったか?」


 フウタはみるからに大きくなっていた。筋骨隆々。さすが戦士だ。


「でも、フィオーネさんの馬鹿力にはかなわねぇや。さすが、首席卒業」


 あぁ、こいつ首席卒業してたんだっけ。


「おにいちゃん! お料理つくって〜」


 クシナダは俺のベルトをがっしり掴んで引っ張りやがる。さっきでかいパン食ってたろうが。


「サクラ、クシナダの面倒みてくれてありがとう」


 サクラは顔を真っ赤にして頷いた。彼女はおそらく鑑定士の天職だろうと見込んでリアの弟子にしていた。


 そして、


「ソルト殿! 言いつけられたものは終え、さらにはしっかりと牛たちの毛づくろいも……」


 真っ白な肌は小麦色に焼け、元気一杯の少女の名は【ハク】という。シノビである彼女に名前はなかったが、不便なので俺たちがつけた。

 彼女は先日のソラ昏睡事件でゾーイにひっぱたかれたシノビである。

 あの後、交換留学制度が続くとは思わなかったが、ゾーイを道半ばで戻って来させるわけには行かないとネルが交渉したそうだ。

 というわけで、ソラとヒメに仕えるシノビの1人がうちにきている。


「ご苦労さん、今日の分のお駄賃を渡すから後は好きにしていいぞ。くろねこ亭で手伝いするならリアにちゃんと時給もらってくれ」


「はいっ!」


 なんて物分かりがいいんだ。

 シノビってのは万能だし忠実だし何より動きがいい。


「またハクばっかりだ〜」


 クシナダが頰を膨らませる。まったく、さっさと脱皮して大人になってほしいものだ。

 人間で言えば5歳ほどの体格のクシナダをすっと抱き上げて


「にいちゃんの特性ステーキ食うか?」


 と言ってやればたちまち笑顔。

 フィオーネやフウタ、サクラまでにっこりしながら手をあげる。

 そんな幸せな景色の奥に見えたオレンジ色の髪。


「まじっすか」


 俺は思わず苦笑いをした。

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