第60話 眠り姫(4)


「ちょっと……大丈夫?」


 ヒメの背中をさすっているのはゾーイだ。彼女は案の定、極東医師部・医学生の中でも特待生になっていた。

 取り入るうまさはずば抜けている。いや、努力もしたんだろうけども。


「ヒメが……望んでしまったから……ソラはこんな」


——願いを叶える力が我々王族には備わっている


 イザナギの言葉を思い出した。それは人の生死すら変えてしまうものなのかと恐ろしくもあった。


「自由になりたいヒメの願望と、ヒメに変わって王位継承権をあげたかったワカヒメの願望が一度にソラに降りかかったのでは……」


 イザナミはシューを膝の上に乗せたまま、涙を流した。ネルと極東の医師・薬師たちが手術を行なっているが……3日以上も昏睡状態が続くとなると臓器や脳に養分がいかず死亡してしまうことも多いそうだ。


「ヒメが……ソラといることを望んでさえいたらこんな」


 ポロポロと涙をこぼし嗚咽するヒメの背中をゾーイがさすった。


「ソラちゃんが自殺なんて、洗脳かなにかで無理やりって可能性はないの?」


「それはありませぬ!」


 シノビが仮面を投げ捨てた。可愛らしい少女で真っ白な肌が印象的な子だった。


「我らはヒメ……いやソラ様の周り全ての毒味をし、何者かが無理やりに洗脳するなど不可能です。もしも……信じられぬというならここで命を持って証明してみせまっっ」


 ゾーイにひっぱたかれてシノビの女の子はしょんぼりとした。


「何者かが洗脳したのでないなら……本当にソラは死を望んだのか」


 俺の言葉にヒメは


「強運のせいじゃ」


 と言った。

 ゾーイが不思議そうに首をひねる。

 そもそも、俺たちからすると「強運」なんていうもの自体信用し難いものなのだ。


「でもさ、変じゃない? だってもしヒメちゃんの強運って力でソラちゃんがこうなったら、こんな風にバレる前に亡くなってるはずだもん」


「それに、本当に強運って力が働いたならソルトやネルさんがやってきて治そうとするなんて矛盾してるじゃない」


 ゾーイの言う通りだ。

 

「なら……ソラがヒメを想いこのようなことをしたと?」


「本人に聞くしかないわ。ねぇ、強運とやらを見せてよ。イザナミ様も。ソラちゃんが戻ってこれるように願えば、きっと」


 ゾーイが言い終わる前にヒメは外へと飛び出して行った。

 大きな太陽に向かってヒメは何度も声をあげる。


「ソラを……ソラを助けて!」


***


 摘出手術が終わった。薬師たちが様々な栄養素や漢方を投与し、ソラの内臓や脳が無事であると確認が取れるまで時間がかかった。

 汗だくのネルが温泉に入っている間、その時がやってきた。


「私……ヒメ様……?」


「この……おおうつけもの!」


「あぁ……なぜ、このようなことを」


 ソラは無理に体を起こし、ヒメの肩を揺さぶった。


「ヒメ様は呪いで死んだことにし、あなたはソラとして自由を掴めた。イザナミ様はどんな粗相があっても私たちを殺しはしないとわかっていたのに……。これでは、ヒメ様は一生王族として縛られてしまう」


 ソラは絶望に染まった表情で言った。


——パチン


「ヒメは……大事な妹を死なせてまで自由を欲すると思うたか! 己の強運が妹までをも奪ってしまったと思い、どんな気持ちにだったか」


 ヒメは怒鳴るように泣きながら大声で叱咤する。

 ソラは驚いたような表情でヒメを見つめていた。


「ヒメは……妹の命を奪ってまで生きることを望まない! ヒメは……ずっとソラと共に……生きたい!」


「ヒメ様……私は忌子。もともと生きていてはならぬ存在です。イザナミ様のご好意で影武者として生きながらえておりました。私の命は元からないものだったのです。あなたのためになりたかった」


 ソラは意見を曲げない。

 俺にはその忌子というのがどんなもので、この国ではどのような扱いを受けるのか詳細を知らないから、なんとも言えないが……


「ヒメさんは、ソラさんと一緒にいたい。それを望んでいる。ソラさんがヒメさんのためになりたいのなら……命を捧げるべきではないだろ?」


 口を挟んでしまった。

 

「忌子により、ヒメ様に不運がもたらされたとしても……ですか?」


「ヒメさんは今までだってずっと……乗り越えてきたんじゃないですか。今回の騒動も、ソラさんの命が助かったのはヒメさんがそう望み、強運が働いたからではないんですか」


 ソラはしゃくりあげ涙を流す。

 ヒメはソラを抱きしめ、泣いていた。

 ゾーイと俺は顔を見合わせる。


「私は……」


 イザナギが重い口を開いた。


「この度の件を……見てわかった気がするよ」


 イザナミが「なにかしら?」と涙を拭った。


「ヒメの強運は……きっと2人分なんだ。我々はソラが強運を持たない忌子だと考えていた。だがそれは違う。ヒメの側にいればソラも王族と同じ幸運に恵まれる。ヒメが帰ってきてから、ソラはみるみるうちに回復した。もし、ソラがヒメから離れればヒメの強運が暴走する。人の生死をも操る強運は我らの比ではない……そう感じないか、イザナミよ」


 イザナミは涙を流した。

 俺の予想じゃ、イザナギの説は暴論だし嘘だろう。

 でも、国王がそう信じることは騒動を起こしたソラが救われる唯一の方法であり、ソラを救いヒメを救うこととなる。


「ええ……あなた」


「ソラ……お前はヒメの強すぎる強運を抑えるための要。お前は今後もヒメの側近として仕えよ」


 ソラとヒメは安堵する。

 イザナギの嘘をわかっているのかいないのか、人騒がせな姉妹は今まで通り2人一緒に生きていくことができるようだ。

 俺も、その方が良いと思う。


「だが……此度の交換留学替え玉事件はゆゆしき問題。イザナミ、お仕置きは君にまかせよう」


 イザナギはいたずらに笑うと部屋を出て行った。

 

「ソルトさん。あなたの農場とやらはヒメが夢中になるほど素晴らしいのね」


 え?

 いや、おしおきは俺です……か?


「イザナミ様……お仕置きは私めが……」


 ソラは不安そうに言った。一番不安なのは俺ですけど。


「ソラとヒメにはそうねぇ……ヒミコ様のお世話を1ヶ月してもらうわ。しっかりシゴかれてらっしゃい」


 ソラとヒメは「ひぃっっ」と悲鳴をあげる。


「ソルトさんの農場に今度私も……いっていいかしら?」


「ダメです」


 イザナミは悲しそうに目を伏せた。

 そんな顔してもダメだ。あんなセキュリティーのないような場所に一国の王妃を招くなんてできない。


「では……もうシューちゃんには会えないというの」


 もふもふとシューの腹を撫でながらイザナミは言った。


「ふふっ、ポートも開いているんだからたまに謁見に来ればいいじゃない」


 ゾーイが余計なことを言う。

 俺とシューはぎろりとゾーイに視線を向ける。


「まぁ。 ヒメは私にも幸運を運んでくれたのねっ」


 なんとなくイザナミに嫌な予感を感じながら俺たちは今回の騒動の決着を喜んだ。ワカヒメやその他、今回の騒動であらぬ疑いをかけたれた従者たちにソラとヒメは謝罪をし、とても恐ろしい占い師の元へ修行しに向かったとか。

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