第59話 眠り姫(3)
「ヒメ様の王位継承権がなくなれば……得をするお方がおられますゆえ……」
そのシノビはおどおどとしながら一人の女の名前を口にした。
「ワカヒメ様と呼ばれるお方です。なんでも王族の遠縁で幼き頃からこの
「なら、家臣を使って何かを?」
「ですが……ワカヒメ様御一行は湯治に出ておりソラ様に何か毒を仕込むことは困難かと」
シノビたちは勝手に話を進めて行き、結局わからずじまいのようだった。
「もしも可能であれば、ソラさんの部屋に上がらせていただいても?」
ヒメは咳払いをして「特例じゃ」と言いながら先頭を歩いた。社の中は俺たちの家とは全く違った作りで、なんだが落ち着かない。
それでも畳の香りとヒノキの床はリラックス効果でもあるのか気が抜けてしまいそうだった。
「ここがソラの部屋じゃ」
ソラの部屋は殺風景で、まるで男の部屋みたいだ。タンスと文机、ふとん。
「特に……昏睡状態になるようなものはない……な」
ヒメの顔が曇る。
呪術でもない、毒物でもない。
ならなぜソラは目覚めない?
「私の個人的な意見だが……」
ネルは静かに言った。
「安眠草が使われていることは確実だろう。だが、あれを埋め込むには物理的な傷を与える必要がある」
ゾーイが安眠草で昏睡状態になった時、刺し傷に仕込まれていたものだ。薬にすれば安眠をもたらすもので傷ついた戦士が療養のため使用することもある。だが、原物をそのまま摂取すると昏睡状態に陥る。
もちろん、排出されれば問題ないが傷口に安眠草が癒着した場合昏睡状態が続く。
「でも彼女には外傷はなかったし……その殿方では見れない場所もくまなくみてたけれど」
シノビたちがあわあわと慌て出す。きょとんとした顔のネルは首をひねった。
「では……ソラはなぜ目を覚まさないのじゃ」
ヒメが今にも泣き出しそうな顔で言った。
ネルの所見は【安眠草】による昏睡。だとすれば何か方法があるはずだ。
「ピアスは?」
「ネル様に言われ、耳飾りを外して洗浄しましたが……効果はありませんでした」
「ちょっと、先ほどのソラさんの行動を書き出した紙を見せてください」
シノビは畳の上に紙をばっと広げた。
「俺たちはソラさんが毒物を盛られたとおもってこれをみていました。ですが、そうじゃないとしたら?」
ヒメとネルが眉間にしわを寄せた。
「これは……ソラさんが自ら起こした自害です」
***
「これ、ここをみてください」
【墨入れ】
「これはえっと、シノビの方が死体になったときに判別がつくようにとある場所に墨を入れることを言う……ですよね?」
シノビが頷いた。
「ソラさんの胸に入れられた刺青、おそらくこれに安眠草が仕込まれている。と考えて間違いないかと」
俺たちは彫り師と呼ばれる人間を呼び出し聴取をすることにした。
彫り師の女は顔まで刺青だらけで大変珍しい出で立ちだった。
見た目は怖いが話してみると普通の女性であった。
「そういえば、ソラ様からご依頼頂いたとき……専用の墨を使って欲しいと。もう洗い流してしまいましたが、鮮やかな青色の墨でした」
ネルはうつむいて考え込む。
「安眠草を擦り潰し、墨に混ぜたのでしょう。皮下に注入し安眠草を癒着させ自ら昏睡状態になった」
「なぜ」
ネルは何を思い立ったか文机を漁る。
「ない、ない」
「ネルさん、何を」
俺は思わず彼女を羽交い締めにした。ネルの力は思いの外強く、俺は力をぐっと込めてしまう。
「シノビが……極東の人間が自害をするのは、愛する主君がそう望んだ、そのときだけです!」
ネルの強い視線がヒメを捉える。「あなたの部屋をみさせてもらいます」と吐き捨てるように言ったネルはヒメの部屋へと走って行った。
「ヒメさん、心当たりはありませんか」
俺は腰を抜かしたヒメを励ますように言ったが、ヒメはわなわなと震えているだけだ。
その他のシノビたちも何も話そうとはしない。
「ヒメさん。ソラさんが何か……遺書のような物を隠すならどこか……心当たりはありませんか?」
ヒメは小さな声で言った。
「ヒメの部屋……写し絵の後ろの……隠し棚じゃ」
俺はヒメの部屋へ向かう。そして、文机を漁っていたネルに声をかけおおきな肖像画を外し、その後ろに隠されていた棚を開ける。
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お姉様へ
こんなお別れをするソラをお許しください。
お姉様は自由になりたいと常々おっしゃっていましたね。
ソラのように自由に、王族などに縛られずに生きたいと
ソラの不運な運命を羨ましいと褒めてくださった時、とても嬉しかった。
交換留学のお話が出たとき、ソラはこれが好機だと思いました。
私がお姉様に成り代わり、2度と目覚めぬ呪いにかかってしまえば
お姉様はソラとして、一生自由に生き抜くことができる。
私がヒメとして死ねば、影武者の任を解かれたソラはきっと王国を追放されます
追放されればきっとソルト様がどうにかしてくれます
お姉様が望んだ自由でゆとりのある暮らし……
安眠草、ソルト様に出会わなければこれを知ることはなかった
ソルト様のおかげでソラは眠るように天に召されることができましょう
忌子としてソラができる最後の奉仕
お姉様、いつまでも幸せに、健やかに生きてください
ソラ
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「彼女が墨を入れたのはいつですか」
ネルが血相をかえて彫り師に詰め寄った。
「一昨日の昼にございます」
「まだ……間に合うかもしれない。ヒメさん、国中で一番の薬師を呼んでちょうだい。すぐに墨の部分を切開し、安眠草を切除します」
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