第58話 眠り姫(2)


「よくぞ、お越しいただきました」


 極東はとても良い国だ。今、俺の目の前にいらっしゃるのは「ヤマト国」の国王イザナギ・ヤマトである。


「誠……我が姪がご迷惑をおかけし」


「いえ、ヒメ様にはなんども我が国の危機を救っていただいて……なんと申し上げて良いか」


 イザナギは苦笑しながらヒメの方を眺めた。


「この国でおなごが顔を晒すことはあまりないのです。我が妻もご挨拶できずご無礼をお許しください」


 俺たちもイザナギに頭を下げる。

 畳と呼ばれる香り高い床の上、緊張で足が震えている。


「ソラさんのご容態は」


 ネルの質問にイザナギが「変わらず眠ったままです」と答えた。ふとん……というベッドの上部分だけのような不思議な敷物の上、ソラは眠っていた。

 俺たちの方で用意したいくつかの薬を試してみたが効果はない。


「やはり……忌子いみごの呪いにございましょう」


 深みのある声の主は扇で顔を隠したまま、奥の部屋から出て来た。


「イザナミ。体は大丈夫なのか」


「ええ、あなた」


 ちらりと見えた彼女の瞳は黒く、とても美しかった。

 俺も、おそらく横にいるネルも息を飲んだ。


「ヒメとソラは同じ腹から同時にうまれた子。我が国では……双子は運を分けると信じられています」


 イザナミは静かに語り出した。


 ヒメとソラはイザナミの妹君の子供だった。父親は誰とわからぬと批判を浴びたが、すでに腹は大きく妹君の処遇を決めあぐねている間にヒメとソラが生まれた。


「ヒメは先に生まれ、ソラは後に生まれ。我々王族の【強運】を引き継いだのはヒメのみでございました」


「強運とは……?」


「我がヤマト王国の王族が持つ特殊な力……とでもいいましょうか。願いを叶える力でございます」


 おお? 

 なんだそのとてつもない力は……。


「迷信だという者も少なくはありません。ですが、我々王族が幸運に愛されていることは事実。実際、ヒメとソラが入れ替わっている時にこのようなことが起きてしまったのも……ヒメが持つ強運が彼女を守ったのでございます」


「強運かどうかをどのように判断しているのでしょうか?」


 俺の質問に答えたのはイザナギだった。


「生まれた後、占い師が天職を見るのだよ。一般的な天職の他に【王族】が出ればそれは【強運】を持つということになる」


 つまり、ヒメは「回復術師」と「王族」という天職を持ちソラは「シノビ」の天職だけを持つということか。


「運を分けた双子。忌子のソラを間引かなかったことが彼女自身を苦しめているのかもしれません」


 おいおい、何を物騒なことを。

 天職を持たなかっただけで殺す……予定だったと?


「それでも……私の妹が命をかけて産んだ子を殺すことなど……これは呪いでしょう。でも、それでも一縷の望みにかけてでも救いたいのです」


 イザナミの涙がほろりと畳に落ちる。


「呪術の類は感じられないにゃ。おそらく、何か物理的な原因があるにゃ」


「あぁ! 猫が……あぁ猫又なのね」


 扇を放り投げてイザナミはシューを抱き上げた。とろけた顔でシューの毛並みを楽しみ頬ずりをしている。


「なんと……可愛らしい猫又。それに優秀なのねっ。あぁ……もふっ」


 イザナギが後頭部を掻いた。


「すまない、妻は猫に目がないもので」


***


 俺たちは許可を得て、ソラが眠るまでにした行動を書き起こしてもらった。ヒメの側近達が事細かにソラの行動を報告しあっていく。

 その横でヒメは不安そうに体を揺らしていた。


「ヒメが……悪いのじゃ。運を全て吸い取ってしまったから……」


 かける言葉がなかった。

 ソラはその特性からヒメの妹でありながら王族として生きることを許されず、影武者として生きる道のみが残された。

 本当ならば殺されていた存在であることをわかっていながら彼女はヒメの側で笑い、支え、必死に生きていたのだ。


「気になる点はありますか」


 ネルが冷静に話を戻した。


「ヒメが昏睡状態になって一番得する相手が犯人の可能性が高いですね。って俺の能力関係ないっすけど」


「こっ、心当たりがあります!」


 一人のシノビがピシッと手をあげた。

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