第53話 兄妹のおんがえし(3)

 極東の救援隊が着く頃には半数近くがゾーイたちの正しい解毒薬の使用によって回復していた。解毒薬が足りなくなったころ、ヒメたちが薬師と医師を引き連れて現れた。


毒水草どくみずくさですか……」


 ヴァネッサは俺が水場の奥から拾い上げた【毒水草】を手に取った。煮沸しても毒は残り、それどころか水蒸気にも毒気が残ってしまうという厄介な代物である。

 上級〜最上級のダンジョンではよく見られるこの水草だが、問題はギルド内部の人間の誰が……これを水場に忍び込ませたかということである。


「研究部が調べたところ、ギルド内部に保管されていた毒水草は紛失しておらず、そもそもこれが自生しているダンジョンへ出入りしたものはここ最近ではいないのよ」


 ヴァネッサは首をひねる。


「そもそも……ですが、この水草は《生きた状態でしか毒を流しません》。それだけじゃなく、ダンジョン内の土でしか生息するのが難しいんです。確か、これを元に魔物に聞く毒薬を作ろうとしても難しかったと本で」


 俺の知識は正しかったようでヴァネッサが「いかにも」と答えた。


「つまり、例の鑑定士と薬師のペアが毒水草を培養する方法を見つけたってことですか?」


 リアが瓶の中に入った水草を眺めながら言った。


「薬師が毒を培養……ですか」


 ミーナがまだ辛い体にムチを打って執務室へやってきた。肩を貸しているのはゾーイとフウタだった。


「ミーナさん」


「ソルト……あなたのおかげで命拾いしました。フーリンもシャーリャもね」


 俺は安堵でため息を漏らす。ただ、相当な数の死者が出た。


「ミーナさん、無理なさらず休んでください」


「いえ、これだけは伝えないと」


 俺たちは黙って彼女の話を聞いた。


「今日は……医師部と薬師部が月に一度全体で会議をする特別な日でした。ヒートアップするのですが……ええ、飲料水に混じっていたのであれば……今日この日を狙った犯行でしょう。ギルド……内部の」


 ギルド内部か……。

 俺はてっきり、あの鑑定士と薬師の仕業かと思ったがミーナと言う通り内部の犯行とみて間違いないかもしれない。


「マリアの時と同じかもしれませんね」


 俺の言葉にミーナは頷いた。


 何者かがギルドで問題を起こすことを望んだ。もしくは特定の誰かを殺すために周りも巻き込んだ。

 それに手を貸したのが例の失踪した鑑定士と薬師。

 それが一番可能性が高いだろう。


「それと……今回の毒を発見したのはこの子です」


 俺の後ろに隠れている可愛い少女サクラは顔を真っ赤にして小さく笑顔になった。


「微かな香りに気がついたのは彼女です、俺でなく」


 ミーナは「ありがとう」とお礼を言ってから少し苦しそうに息をする。俺はミーナが心配でたまらない。さっさと休んでほしい。


「ふふふ、あの時……クモイモ事件の時もお世話になりましたね。あなたたち兄妹をうちの顧問が助けたおかげで」


 ミーナはサクラの頭を優しく撫でた。


「では、犯人は?」


 ヴァネッサは首をひねった。


「今回の騒動で一番得をした人物に間違いないでしょう」


***


 ギルドの再編はとてつもない時間がかかりそうだと思ったがそうでもなかった。迷宮捜索人の薬師と医師がそれぞれ幹部へと召集され、大規模な昇級試験の末、多くの医師や薬師がギルドへと入ることとなった。


 生き残りの医師と薬師もわずかには残っていたが……俺はその名簿を見て犯人が誰であるかすぐに理解した。


「あくまでも可能ですか」


「ええ、今回は鬼姫薔薇のように証拠は残っていませんし」


 すっかり元気になったミーナはヒメから送られた緑茶に口をつけた。なんでも健康に良いらしい。


「あの日、医師部と薬師部の会議は月に1度と言いましたね。そこで議題に上がってたのは……」


【新・医師部長 ザマニ案 ギルド医療部新設】


「亡くなった新部長は薬師と医師の境目をなくし、よりよい活動ができるように新たな医療部なる部を作ろうとしていたようですね」


 ミーナは自分で説明しながらどんどんと青くなっていく。


「薬師と医師に争い続けてほしいものがいたのですか」


 俺は少し違います。と言ってからもう一枚の紙を取り出した。


「新しい医師部所属の名簿……ですか」


「ここを見てください」


【アダム・エックハルト】


「あぁ……そういうことですか」


「あくまでも推論ですが……マリア・リッケルマンとの不貞を報じられたアダム・エックハルトは医師部長を解任されギルドから去りました」


 そんな彼がギルド内部に戻るには「大量の死者が出て、ギルドが医師を欲しがる状況を作ること」が最良だと彼は考えた。


「そこで、マリアが使っていた闇の2人組……例の失踪中の鑑定士と薬師に金を払ってギルドで大量の死者を出せる毒を買った」


 ミーナが一人、俺の知らない医師の名前を指さした。


「彼は今回の事件で昇進しています。アダム・エックハルトの元アシスタントで現在は……副部長を務めています。尋問してみないとわかりませんが、彼が毒を水場に入れることは簡単でしょう」


「証拠はありませんが、マリアの不倫相手であればマリアが洗脳薬を手に入れた方法を知っていてもおかしくありませんね」


 それに、見事医師部に返り咲いている。


「アダム・エックハルトは薬師を嫌い……薬師廃止法を唱える人物でした。彼にとっては新しい医師部長の【医療部新設】は殺してでも阻止したかったのかもしれません」


 ミーナはため息をついた。


「証拠があれば、死んだ人たちが報われるのに」


「さすが医師……と言うべきでしょうか」


「ミーナ!」


 ヴァネッサが真っ赤な顔で執務室に乗り込んできた。あまりにも恐ろしい形相だったので俺たちは「また毒か?」と席を立つ。


「医師部の……新副部長が今回の毒物事件を自白して、自害を」




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