第54話 兄妹のおんがえし(4)


「おいっ! おいっ!」


 俺たちが到着した頃、ロビーでは男が一人ナイフで首を掻っ切って死んでいた。白衣を着た医師の男はなんでも大声で罪を自白したそうだ。


「こいつが毒物事件の犯人なのか?」


 冒険者や受付嬢たちは口々に噂する。俺はそいつらを無視して男の死体をひっくり返した。


「やっぱり……」


 鬼姫薔薇の香りが微かに漂っていた。


「おい、アダム・エックハルト」


 俺は、一か八か。賭けに出ることにした。どうせブラックリストに入ったままだし、最悪ギルドに怒られても問題ない。顧問なんてやめたいくらいだ。


「お前、マリア・リッケルマンが使っていた洗脳薬を使ってこいつを殺したな!」


 大声で、ロビー中ひ響き渡る声で俺は言った。アダムは「何を言っているんだ」とはぐらかすが


「喉を掻っ切って自殺。おい! 鑑定士ども香りを確認してみろ! 洗脳薬と同じ香りがするぞ!」


 冒険者たちはパーティーの鑑定士の背中を押す。鑑定士たちはおそるおそる死体に近づくと首を縦に振った。すると、冒険者や受付嬢たちの目が一斉にアダムの方へと集中する。


「そうか……あいつ、マリア・リッケルマンと不倫していたやつじゃないか。医師部に返り咲くために毒物事件を起こして、部下を洗脳自殺させたんじゃないか」


「そういえば……人手不足にでもならないと戻ってこられないでしょうあんな人」


「うるさい! うるさい! 証拠なんてない! お前ら医師をバカにしやがって! 2度とギルド病院に入れてやらんぞ!」


 アダムが死体を置き去りにしようとした、その時


「我が医師部の人間が何か」


 一際透き通った声がロビーに響いた。アダムの足が止まり、俺たちの視線の先にはエルフの女性が凛と立っていた。

 オレンジ色の髪は肩のあたりで短く切られ、美しい顔は恐怖さえも感じるほどだった。


「お……お早いご到着で」


 アダムの声が震える。俺はこっそりヴァネッサに誰かと訪ねてみた。


「新医師部長 ネル・アマツカゼ様です」


「話は聞きましたよ、アダム。これは……本当に自害なのですね」


「え、ええ。俺が洗脳薬を?」


「私は自害なのか……と聞いているの」


 アダムはあまりの恐怖に震えている。一方でネルは無表情のままアダムを見下ろしていた。

 この女性はどこまで……なにをわかっているんだろうか。


「私が自ら司法解剖をし、研究部や鑑定士を使って全てを調べるけれど、それでもあなたは自害だと言えるかしら」


 アダムは何を思ったかネルを突き飛ばすと死体に何やら液体をかけた。じゅうじゅうと音を立てて溶ける死体。広がる刺激臭に冒険者たちは顔を歪める。


「あぁ! 手が滑った」


 アダムはわざとらしくニヤリと笑った。


「ふんっ、迷宮捜索人戻りが人外エルフの女? こんなの医師部の伝統では考えられん。すぐに引きづりおろしてやる」


「そう……司法解剖は私が……担当しましょう」


「溶けた死体をか? やってみろ」


 ネルは状況を把握しているのかにっこりと微笑んだ。俺はサクラをシャーリャに頼んで外へと連れて行ってもらう。

 これから恐ろしいことが起こる。サクラにはまだ早い。

 アダムはまだ気がついていないのだ。このギルド内に満ちた大きな殺気に。


 一人の戦士が「やっちまえ!」と大声をあげた。

 

 それを皮切りにあの毒物事件で仲間を失った冒険者たちがアダムに群がった。殴る蹴るの暴行だけでなく拷問のようなことまで行われる。


「ぐあっ! 警備部! 何をしている! 下等なっ冒険者がっ医師にっ!」


 警備部の人間は動かない。ただじっとアダムが死ぬのを待っているのだ。

 あの毒物事件で多くが犠牲になり、毒物を摂取した時間が長く後遺症に苦しんでいるものも多い。


「アダム……あなたの司法解剖をね」


 ネルはにっこりと微笑むと俺の方へ近寄ってくる。ミーナとヴァネッサが即座に立膝をつくようにして頭を下げた。

 俺もつられて同じような体制をとる。


「私……地獄耳なのよ。あなたの話、とても興味深かったわ。今度きかせてくれるかしら」


 おいおい、ミーナの執務室での話が聞こえてたの?

 エルフってそんな……特殊能力あったの?


 いや、まためんどくさそうな……。


***


「じゃあ……いってきます」


 大荷物を抱えたフウタは俺たちに大きく手を振った。彼は魔術戦士になるべく、ギルドの寄宿学校へ入学することになったのだ。

 魔術よりも剣術を優先し、魔術は余った時間で。戦士型の魔術戦士というやつだ。 

 なんでも勘のいいフウタのことだからそつなくこなすだろう。


「私は……なんの天職だろう」


 サクラがフウタの背中を眺めながら言った。

 鋭い嗅覚、なんでも覚える賢い性格からして鑑定士かもしれない。


「サクラは何になりたいんだ?」


「私は……お兄ちゃんみたいな鑑定士になりたいっ! たくさんの人を救って、たくさんのお野菜を育ててみんなを笑顔にしてくれる鑑定士になるの!」


 なんだが照れくさいな。

 サクラの頭をぐりぐりと撫でてごまかした。

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