第50話 開店!くろねこ亭(3)
「いらっしゃい、いらっしゃい! くろねこ亭開店サービスだよ! 美味しいあいすが今なら無料! お弁当やイモイモ焼きも買ってってねー!」
フウタの元気な声、以前からのお得意さんたちが列をなしている。今はランチだから酒の提供はしていないが……夜は酒の提供もする予定だ。
極東との交流が増えたおかげでニホンシュやショウチュウといった珍しい酒も増えた。
夜は露店をしまい、おっちゃんが店主となって回す予定だが……リアとゾーイの送り迎えをやる俺としても店じまいは早めにしてほしいところだ。
「おにいちゃん……お腹減った」
俺の服の裾を引っ張るのは脱皮したクシナダだ。人間でいうと5歳くらいだろうか? 昨日までよちよち歩いていたくせに脱皮した途端駆け回り、喋り倒している。
そして今日はもう10度目の食事である。
「クシナダ。何が食べたい?」
「あれ、クシナダあれが食べたい」
クシナダの目線に合わせるように俺はしゃがみこんで話を聞いてやる。幼いくせに整った顔とサラサラの白髪は神々しく、とても神秘的だった。
結構ヘビーなもん食べるな……。
「リア、クシナダ用に肉花草の照り焼き丼よろしく」
「はいよ〜」
そうそう、照り焼きってのは極東の調味料を組み合わせて作ったもので、これがすごくうまい。
スイーツ以外ではダントツで人気の商品だ。
「おいおい、ニイちゃんなんでクシナダちゃんだけ特別扱いなんだよ〜! 俺たちはお駄賃から天引きされてんだぜえ」
フウタが不満そうに地団駄を踏んだ。頑張ってくれてるし、まかないはタダで行きたいところ、ゾーイが譲らなかったのだ。2階部分を子供達に解放している以上働いてもらわないと……だそうだ。
「つまみ食いでなんとかしとけ。そうだ、お前もそろそろ天職を見に行く年だろ? どうだった?」
ある程度の歳になるとギルドに向かって「天職」を見極めてもらうのが風習だ。ほとんどの人間が「なし」と出る。まぁ、その場合は事務職やら卸しやら天職のいらない仕事につく。
「俺さ、とうちゃんもかあちゃんもわかんないから……自分がどんな天職になるかしらねぇんだ」
そうか。
天職はほとんど遺伝だ。例えば、ゾーイの一家が医師の家系であるように子供は親の転職を引き継ぐ。
俺は親父が鑑定士で母親が戦士(一部の魔術は使えたらしい)だから万能型の鑑定士になった。
リアは確か……亡くなったおばあさんが鑑定士でその隔世遺伝だった。
「そっか。楽しみだな」
「まあでも……冒険者にはならない……かな。サクラのこともあるし」
サクラというのはフウタの妹である。クモイモ事件の時に倒れていたあの小さい女の子が今では立派に店番をしているのだ。
フウタに全く似ておらず美人でおしとやかな子。血がつながっているかどうかは不明だ。
「クシナダちゃーん、はいどーぞ」
リアが特盛サイズのどんぶりをクシナダの前に置いた。クシナダは目を輝かせる。
「りあおねえちゃん、ありがと」
どういたしまして。と返事をしてからリアは厨房に戻っていった。クシナダはゾーイに教えられた通り行儀よくどんぶりに手をつける。
「フータ! ギルドへあいすくりーむとプリンの配達いってきて! ウツタが次から一人で行けるように案内もよろしく!」
ゾーイが怯えるウツタの手を引いてやって来た。
人使いの荒さに関しちゃトップクラス。
「えっと……私がひんやりしますので、フウタくんは道案内をお願いします」
ウツタがぺこりと頭を下げた。
「あいよ、うっわ〜ミーナさんの執務室じゃん。受付の人たちに丸投げしよっと」
フウタは丁度15くらい。ミーナは母親くらいの歳か。まあ、ちょっと怖いのはなんとなくわかる。
「でもさぁ……俺嬉しいんだ」
フウタはちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「最初は泥まみれになって、変なカンテーシのニイちゃんにこき使われて嫌だなって思ったけど。サクラを助けてもらったり、仕事までもらってさ。お腹減って倒れたり、寒くて凍えることもなくなったんだ……ありがとな」
「クシナダもお腹いっぱーい!」
感動的な雰囲気は台無しで。
クシナダの顔についた米粒をとっては食わせとっては食わせ、最後にはおしぼりでごしごしと顔を拭いてやるとクシナダはケタケタと笑う。
「じゃ、いってきまーす」
「い、い、いってきます」
「ほら、ウツタねーちゃん。ちゃっちゃと済ませようぜ」
「は……はいっ」
ウツタもなんとか馴染んでいるようだ。俺はクシナダの手をとって農場へと向かうことにした。
フィオーネがフル回転しても全然収穫とタネ植えが間に合わない。
それに……
俺は牧場の方を眺めた。
手入れされた干し草用のライ麦畑、駆け回るコボルトと動物たち。新しく立てた管理小屋はなんだか家よりもおしゃれだ。
「ゾーイにはもっと成長してもらわねぇと」
「なあに?おにいちゃん」
「クシナダ、お腹は?」
「へったー!」
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