第49話 開店!くろねこ亭(2)
「ええ! 何をしているんですか!」
ミーナとヴァネッサが執務室でひっくり返りそうなほど驚いている。俺たちが連れて来てしまったのは、中級ダンジョン・万年雪の間のボス。
「えっと……
控えめな挨拶をした彼女はひんやりとつめたい。水色の髪はじっとりと濡れていて真っ青という表現が正しいほど白い肌と不釣り合いなブルーの瞳。
「冒険者用の防寒着を着ていたから……つい逃げ遅れた冒険者だとばかり」
俺とフィオーネは平謝りする。
たまご以外の魔物を連れてくるのは採集パーティーではNGなのだ。そもそも、こんな風に簡単に連れてくることなんてできないので、なんとも不可思議な状態である。
「それで、またあのシノビを使って採集へ?」
「は、はい。ヒメさんたちによくしていただいていて……よく手伝ってもらうんですよ」
苦笑いで嘘をつき通し、俺はなんとかミーナにバレずに済んだ。
「あ……あの。私、殺されるんでしょうか」
雪魔女は不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
「そうねぇ。研究部がいただいて研究したいけど」
「いやぁぁ! 意地悪しないでぇ」
ぎゅっと俺の腰に抱きついた雪魔女は泣き出した。するとあたりがびゅうと寒くなって俺の体温が下がる。
「やめろ、やめろ! 寒いって」
「す、すみません〜! だってだって、ダンジョンではずーっとひとりぼっち。冒険者さんが落とした防寒具でなんとかやり過ごしていたのに、この人があ」
いや、ほんとすいません。
弱っているように見えたのは俺たちが怖かったかららしい。
人型なんだからそこそこ強いはずなのに……こいつはなんなんだ全く。
「じゃあ、ダンジョンに戻しときます」
「ええ! いやぁ!」
いやなんかいっ!
フィオーネが「どうしましょう」と頭を抱えた。
「ギルドで働きますか」
ミーナの提案にも雪魔女は首を振った。ミーナはすぐにでもダンジョンに返してしまいたいわと言わんばかりの表情で俺をみる。
「えっと……うちで働きますか? えっと、ここの暮らしに慣れてからでいいので」
嫌な予感、大的中。
雪魔女は目をキラキラと輝かせて首を縦に振った。
***
「ひんや〜り、気持ちいにゃ」
「ぱんっ!」
うちの魔物陣には人気の雪魔女は当分の間「くろねこ亭」のあいすくりーむ製造部屋で活躍してもらうこととなった。
なんでも彼女は戦いを好まない魔物で、とても臆病だ。極東では一般的だそうだが、あまりいい印象はないらしい。ヒメたちは関わろうとはしてこなかった。
「えっと、こうです……か?」
「飲み込みが早いわね、こうよ。こうやってフリフリ! フリフリ!」
ゾーイが一緒になってあいすくりーむを作る。試作のあいすくりーむはすべてクシナダの口の中へ消えて行った。
「魔物にも人間にも優しいなんて……素敵です」
うっとりしたような顔で見られても困る。というか半強制的だったろうが。
「
ヒメが珍しく乾いた口調で言った。
いや、恋してねぇし。そもそも今日が初対面だし。
「ソルトはお人好しなだけだけにゃ。そのうち汚いおっさんでも拾ってくるにゃ」
シューの嫌味に一同が笑う。
いや、ほんと不本意なんですって……。
「冷蔵庫には万年氷を置くから……お店がしまってるときは家に来てもらっても構わないわよね。私がゾーイの方の牧場管理小屋に行くから」
リアは親指を立てて言った。
「あたたかい……場所をくださるんですか」
「あったかい場所好きなの?!」
「私……冷え性なんです」
えーっ! という驚きの声がくろねこ亭に響いた。冷蔵庫の仕事を任せるのは苦になってしまうのか?
なんて考えていた時だった。
「そういえば、お名前は?」
フィオーネがきょとん顔で尋ねる。確かに、雪魔女さんは名前がない。
「ダンジョンに生まれてこの方……名前などありませんでした」
「オモ……もごもご」
オモチと言おうとしたヒメをソラが羽交い締めにする。そしてごにょごにょと耳打ちし……。
「ウツタじゃ」
「うつ……た?」
「そうじゃ、極東では冬にまつわる神のなかにウツタヒメと呼ばれる方がいらっしゃる。お主のそのレイキに感慨深さを感じ……」
既視感のある棒読みに俺たちは思わず吹き出してしまった。
それでも当の本人はなんだか感動した様子でヒメの手を取った。
「ウツタ……。とても素敵な名です。ありがとう。私の女神様」
うっとり……といった表情でヒメを見つめるウツタと困った顔でウツタを見つめるヒメ。
なんでヒメが雪魔女を嫌がっているのかはわからないが、まぁなんとなく丸く収まってよかった。
(穀潰しが増えて行く一方だな……」
クシナダがぐぐっと体を丸め、固まった。そう、脱皮の時期がやってきたのだ。
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