第47話 定食屋の看板娘(3)


「フィオーネ! いけるか!」


「いけ……ます!」


 目を閉じている余裕はない。殺すか殺されるかでフィオーネは何度も何度も大牙狼ウルフコボルトに切りかかった。幾重にも生えた鋭利な爪が、鉄のような尻尾がフィオーネを襲う。


「リア、お前にできることを考えろ」


 俺はシューとともに魔術でフィオーネを援護しながらリアに時間を与える。


「で、でも!」


「この道には何が自生していた! お前は冒険の中何を採集し何をみた!」


 ダンジョンの中は冒険者を陥れるための罠であふれている。と同時にダンジョンに自生する植物はを遂げている。

 そう、コボルト系が支配するこのダンジョンに自生する植物の中にはコボルトと共存するもの、コボルトの被害に遭わないような進化を遂げたものが存在するのだ。


「あと……3分! 時間を稼いで!」

 

 何かを思い立ったリアが叫んだ。


「承知したでございます!」


 ソラがひらりと大牙狼ウルフコボルトの攻撃をかわした。


「きゃっ!」


 フィオーネの腹に大牙狼ウルフコボルトの尻尾が激突して吹っ飛ばされる。即座に俺とシューが道を塞ぎ、魔術で目くらましをした。


「どうしよう……私のせいで」


 リアの手が止まる。叱咤したくても俺はできる状況じゃない。目の前の牙と爪を躱すので手一杯だ。


「リアさん! こちらは任せて! あなたにかかってるんです!」


 メアリがヒメとともにフィオーネの治療をしながら怒鳴った。


「は、はいっ!」


 あぁ、やっぱり俺の弟子は至極優秀だ。

 ちらり、俺はリアの手元に視線を落とした。俺の思った以上の出来じゃないか。

 その時だった。


「ソルト! よそ見しちゃだめにゃ!」


——ぐわっ


 何かを押しつぶすような音、背中に走る激痛。押しつぶされたのは俺の腹で、変な音は俺の口から出ていた。岩と大牙狼ウルフコボルトと尻尾に挟まれた俺は一瞬にして意識を飛ばしかける。


「私は……もう平気」


 フィオーネの声が聞こえた。

 ソラに助け出された俺はヒメの足元へ転がされ強制的に治療を受ける。ヒメの顔は深刻そうで、いや俺だってやばそうなのはわかる。


「フィオーネさん! まだ」


 メアリが悲鳴のような声をあげた。フィオーネは振り切るようにして立ち上がり、リアの元へ向かっていく。

 シューとソラが苦しそうな声をあげ、彼女たちの魔術がだんだんと弱くなるのがわかる。


「リアさん……。私は死んだりしません。食われたりしません。あなたが……いるからです」


 フィオーネはぐっと剣を握り、唸り声を上げる大牙狼ウルフコボルトに切っ先を向けた。


「私も……もう負けません。とどめを刺してみせます。だから……力を貸してください」


 フィオーネはまるで魔力でもまとったように赤い光を放ち、彼女の金髪がふわりと広がった。

 リアはおもむろに立ち上がると、手に持った丸い何かを大牙狼ウルフコボルトに向かって放り投げた。

 肉の塊か、うまそうなそれに大牙狼ウルフコボルトはつられ口を開けて食いついた。

 その瞬間


——ボンッ!


 肉爆弾は破裂。真っ赤な粉と汁が飛び散った。

 それは大牙狼ウルフコボルトの血肉ではない。刺激的でなんとも目に染みる……最高級唐辛子であった。

 鼻の良いコボルト種が大の苦手とするこの植物を最大限に生かした唐辛子爆弾。変異種が気がつかないようにしっかり肉でカモフラージュしているところも上出来だ。


「グアアア!!」


 大牙狼ウルフコボルトは大口を開けて唐辛子の痛みを解消しようとする。

 その隙をフィオーネは逃さない。

 走り込み、大牙狼ウルフコボルトの体を駆け上がって飛び上がると自ら大牙狼ウルフコボルトの口の中に飛び込んで行った。


 ほんの一瞬だった。

 まるで本当に爆発するように大牙狼ウルフコボルトの頭が吹き飛んだ。その中心にはフィオーネが目を開けたまま剣を振っている。

 大きな音を立てて倒れた胴体はもうピクリとも動かない。


「いったぁぁい!」


 あんなにカッコつけていたフィオーネは唐辛子にやられたのかのたうちまわり、傷だらけのシューとソラはメアリに治療してもらっている。

 リアは呆然と立ち尽くしたままで、俺はまだ腹が痛くて死にそうだ。


 俺のポケットに入っている特性唐辛子爆弾は必要なさそうだな。


***


「そうですか……今度は変異体が」


 ヴァネッサは俺たちが持ち帰った大牙狼ウルフコボルトのあれこれをまじまじと見ながら言った。

 おそらく、クシナダが生まれた原因と似た理由で中級ダンジョンにいないはずの変異体がいたのだろうという結論だった。


「それにしても……あなたがいて変異体の弱点を突かず大怪我をするなんて腕もなまったものですね」


 ミーナは嫌味でも言うように眉を上げた。このところ、ギルドの仕事サボってばかりだし、ミーナはあまりよく思っていないようだった。


「怪我が良くなったら、働いてもらいますからね……。ところであなたと帯同したシノビとは?」


「えっと……そいつらはもう帰りました」


 そそくさと俺はミーナの執務室を後にした。まだ腹は痛いがヒメのおかげで数日間安静にすれば大丈夫とのことだ。

 ギルドの前、リアが一人俺を待っていた。


「あの……」


「店のことなら……」


「違うの。一緒に来て欲しい場所があって」


 そこは無数の墓石が立ち並ぶ場所だった。ダンジョンで命を落としたものたちが眠る場所。墓石に刻まれた名前は「マリカ」「アイラ」。

 俺の元仲間だった連中だ。もちろん、この石の下にあいつらはいない。最上級のダンジョンで大牙狼ウルフコボルトの餌食になったからだ。


「もしも、あそこにあなたがいれば……今も彼女たちは笑っていたんでしょうか」


 リアは肩を震わせ涙を流した。

 彼女の片目からポロポロと涙が溢れる。

 

「そうかもな」


「私が毒抜きをしていれば……今も」


 俺はリアが持っていた花を2人の墓の前に置いた。腹が痛む。


「リア……。こいつらもお前を恨んじゃいないよ。きっとな」


 まぁ……性格の悪さからして、なくもない話だが、そういうことにしておこう。少なからず、新人でも問題ないと言ったのはこいつらでもあるんだし。


「たくさんの冒険者が、簡単なことで死ぬ。死なせたやつだってたくさんいる。無論、俺も若い時に死にかけたことも仲間を失ったこともある」


 リアはしゃくり上げるように泣き、地面に手をついて肩を震わせた。


「でも、大事なのは今の仲間を全力で守ることだと思う。リア、お前は自分のトラウマに立ち向かった。あのポンコツ戦士を信じた。それだけで十分だ」


 うまいこと言えたかな?

 死んだやつのことじゃなく、今の彼女自身のことを考えてほしい。

 確かに一生背負っていかなきゃならないかもしれない。だが、死なせた数より多くを救っていつか自分を許せるようになって欲しい。

 それが師匠として俺が願っていることだからだ。


「帰ろう。店の話、みんなと相談しないとな」


「はいっ!」


 リアは涙を拭いて笑顔になった。コボルト柄の可愛い眼帯がよく似合う。彼女はうちの可愛い弟子でそして看板娘になるのだ。

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