第46話 定食屋の看板娘(2)

「えっ、私ですか?!」


 ギルドから指名された回復術師メアリはB級回復術師。エルフ出身の彼女はとても気立てが良いがその美しさのせいで冒険者を魅了してしまい、人間関係のトラブルで現在はフリー。

 白羽の矢が立ったのである。


「いいですけど……ちょっと不安です」


 ああ……確かに俺たちのパーティーは前評判が悪すぎる。

 いや、でも大丈夫なはずだ。


「メアリさん。よろしくおねがいしますね」


 リアは緊張した様子でメアリに挨拶をした。シャーリャと同じ緑色の髪を優しく編んでおりとても女の子らしい可愛さがある子だ。


「じゃあ、がんばってこいよ」


 俺はわざとらしくパーティーを送り出した。ポートに飲み込まれていくリアたちはどこか不安げだ。

 よし……これで俺の演技は終了。


「出てきていいぞ、シノビと」


 隠れていた2人が物陰から姿を表した。2人とも白い面をつけているのでシャーリャとフーリンが不思議そうな顔をした。


「えっと、その方々は?」


「極東のシノビです。俺の補佐としてダンジョンに入ってもらうだけです。登録は必要ないかと」


 フーリンがじろりと俺の顔を覗く。


「仮面は取れないのですか」


 う〜ん。ヒメが入るとなると大騒ぎなるので避けたいところだが……


「極東の風習で取れません」


 とテキトーなことを言ってみる。フーリンの疑惑の目が向くが……シャーリャがことを把握したのか「承知しました、どうぞ」とポートを開けてくれた。

 ありがとうシャーリャ。

 弟子のことが心配でこっそりついていくために極東の王族を連れていくなんて、大問題である(ヒメの希望でもあるが)。


「では、いってらっしゃい」


***


「はっ! やぁっ!」


 フィオーネは目を閉じたまま中型コボルトたちをなぎ倒していく。その他の魔物はシューが寄せ付けず、リアは徐々に慣れていった。


「そろそろ一旦休みましょうか」


 リアは拾い集めたドロップアイテムをしまいこんで、採集したきのみや果実を手に取った。手際よく火を起こすとシューが魔物避けの魔法陣を張る。

 俺たちはそれを影からこっそり見守る。

 シューがしれっと俺たちの分まで魔法陣を広げた。


「これは、皮に毒があるんです。手で優しく剥いてあげれば大丈夫。皮の部分はお薬になるのでギルドに寄付しましょうね。えっと、それは肉花草に似ていますが違います。火を通すと毒の煙を出すので……シューさん! 生でどうぞ」


 シューはじゅるりと舌なめずりをする。

 俺はリアの成長ぶりに泣きそうになりながら身を潜めた。疲労したフィオーネに果実やきのみを毒抜きした上で食べさせて回復を待つ。

 メアリは水の煮沸の手伝いをしながらリアが毒抜きしたリンゴを食べていた。


 このダンジョンの攻略。大型コボルトを戦士たちが倒すために鑑定士がどうやってサポートするか。

 そのヒントを見つけるのがリアの仕事である。

 ダンジョンの中での鑑定士の最も重要な仕事だ。だが、戦士や魔術師が強すぎるあまりあまり活躍はできないが……、鑑定士の知恵があれば未熟な戦士や魔術師でもダンジョンを攻略することも可能なのである。


「さ、そろそろ行きましょうか」


 リアは火を消したあと水でいくつか炭を冷まして砕くと巾着袋に入れた。炭は色々便利だしな……俺でも思いつかなかった。

 コボルトは鼻が効く生き物だ。消臭効果のある炭を持っておくと食べ物を持ち運ぶのに便利かもしれない。


***


「なんだか……おかしいにゃ」


 シューが警戒するように耳を動かした。

 深層にたどり着いたリアたちはボスモンスターを探す。しかし、大型コボルトどころか中型のコボルトすらいない。


「リアさん! 危ない!」


 メアリがリアと一緒に横っ飛びする。何か大きなものがリアめがけて突っ込んできた。

 砂煙が晴れた時、リアたちの前に立ちはだかっていたのは大型のコボルトよりもはるかに大きな生き物だった。


——大牙狼ウルフコボルト


 シューが静かに言った。大牙狼ウルフコボルトといえば上級ダンジョンのボスでコボルトの変異種である。上顎から生えた犬歯は異様に長く、幾重にも重なって生えた爪と、鎧のように硬い尻尾は牙よりも危険だ。


「やばいにゃ……」


 シューが本気モードで魔術を唱えるが、大牙狼ウルフコボルトの尻尾でかき消されてしまう。

 フィオーネの剣もことごとく弾かれ、すっ飛ばされる。メアリはフィオーネの手当てのために駆け出した。


「リア!」


 シューが叫んだが魔法が間に合わない。大牙狼ウルフコボルトの爪がリアを襲う。

 くそっ!


 俺とヒメたちは仕方なく飛び出していく。なんとかリアに爪が届くギリギリで俺の剣が間に合った。

 ガキンとやばそうな音がして俺の剣が悲鳴をあげる。恐ろしいほど重い一撃のせいで腕がジンジンと痛んだ。


「ソルト……さん!」


「リア! 緊急事態だ! 加勢する」


 リアはわなわなと震え、抜けた腰が戻らない。こいつに嫌な思い出でも……


「こいつなんだな……」


「はい」


「マリカとアイラを食ったのは」


「はい」


 リアたちが死にかけたのは最上級のダンジョンだった。道端で出るモンスターの中には変異種が出ることがある。

 でも……この中級のダンジョンに変異種が出るのはおかしい。


「リア、考えろ。今のフィオーネじゃあいつに太刀打ちはできない。でも、鑑定士の知恵があればアイツを弱らせることができる」


 俺は大牙狼ウルフコボルトの爪を弾き返し、リアを担ぎあげて後方へと退いた。

 ヒメはメアリと一緒にフィオーネの治療にあたり、シューとソラが大牙狼ウルフコボルトに応戦する。


「ソルトさんはもう……わかっているんですか」


「あぁ」


「私はまだ……このままじゃ、みんながあの時みたく死んじゃう!」


 大牙狼ウルフコボルトが咆哮した。

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