第43話 おもちが食べたい(2)

 まるで蛹のように固まった赤ん坊は動かない。心配になった俺たちはシューに診てもらったが問題はなさそうだった。魔物のことは魔物の方が詳しい。


「ほぉ、蛇女の脱皮か。こりゃいい材料になりそうだな」


 親父が赤ん坊を見ながらいった。俺自身もとても興味があるが残念、蛇女の抜け殻はヴァネッサに寄付することになっている。


「一晩明ければもち米も育つし、脱皮も終わるさ」


 ぐずるヒメをなんとか家から追い出して、俺たちはそれぞれのベッドへと向かった。ゾーイは牧場の管理小屋へ。フィオーネは赤ん坊を抱いて自室へ。リアはもう少し読書をするそうで暖炉の前に残った。


「んにゃー」


「ん」


 横になった俺の脇にシューが丸くなった。

 猫ってのは不思議な生き物だ。猫に触れているとだんだんと眠くなる。人を癒す何か波動を出しているみたいだ。

 シューの寝息につられるように俺の呼吸も整っていく。

 むにむにと肉球を触りながら……柔らかい香りに包まれる。


(待ち望んだこのゆったり感)


 ずっと続きますように。


***


「まま……?」


 魔物ってのは自動的に言葉でも覚えんのか?

 目の前に立っている幼女は真っ白な髪と真っ赤な目が特徴的でたどたどしく口を開いている。


「ヒメちゃんじゃ」


「ひ……めちゃ?」


「そうじゃ、そうじゃ。良い子じゃのぉ」


 デレデレのヒメはとろけそうな顔でクシナダを抱き上げる。クシナダはなんだか楽しそうにキャッキャッと笑った。


「あら〜、なんて可愛いの」


 リアはヒメの腕の中のクシナダのほっぺをつつきながら顔をほころばせた。俺も同じだ……。


——なんて可愛いんだ!


「まさに天使様ですよ! あぁ、可愛いっ。可愛すぎる!」


 フィオーネが半狂乱で叫んだ。

 自分もさっさと結婚してたらこのくらいの子がいるのだろうか?

 もうすぐ歩き始めるとなれば、家の中を整理しないとな。

 暖炉は危険だし、何かクシナダが入らないように柵を作らなければ。


「ぱん」


 クシナダがリアの抱えているバスケットの中身を指差した。


「パンが食べたいのかえ?」


 ヒメはクシナダを抱っこしたままリアに近づいた。

 すると……


「はむっ」


 クシナダは小さな手でパンを鷲掴みにすると大きな口を開けてそれを丸呑みにした。すぐさま別のパンを掴み丸呑みする。


「あぁっ?」


 あまりの光景にフィオーネが悲鳴をあげる。ゾーイは喉を詰まらせるんじゃないかとミルクを取りに走った。


「ぱん……」


 うるうるした瞳で見つめられた俺は手に持っていた食いかけのパンをクシナダに差し出した。

 クシナダはパァッと笑顔になると俺が食っていたパンを丸呑みにする。


「大食らいの蛇女にゃ」


「ぱんっ!」


「ぱんっ!」


 これから俺の農場はフル稼働する羽目になるかもしれない……。トラブルはごめんだと思っていたが、しばらくの間はトラブルも請け負えないくらい生産に費やす予感がした。


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