第42話 おもちが食べたい(1)
マリアの事件の後、俺たちの農場に平和が訪れ……るはずもなく。
「もち米はまだ育たんのか? ヒメはおもちが恋しゅうてたまらんのじゃ」
この人は極東の王族だ。こんなセキュリティの弱い場所に居ていい人ではない。マリアの一件でかなり世話になったので頭が上がらないわけだが……俺も彼女の使者も手を焼いているのが現実だ。
それに俺たちになれて来たのかなんだが王族っぽい話し方になってきている。
「そうですね、明日になれば実ります。今日のところはお引き取りいただいて」
ヒメは首を横に振った。
「ならあずきじゃ! 甘くて美味しいあずきが食べたい」
あずき……か。
確か極東ではアズキを甘く煮て潰して甘味として食べるんだよな。でも、元々は豆類だから栄養も豊富だし体にも良い。
パンの中に入れたり、あいすくりーむと一緒に食べても美味しいだろう。新しい商品開発に一役買うんじゃないか?
「まだアズキが植えてません。タネさえ手に入れば育てますよ」
「すぐに極東から取り寄せよ」
使者が「はっ」と返事をして家を飛び出していった。俺の家はシノビの家のような感じになり始めている。
「そういえば、あなたは……いつもヒメさんの側にいるんですね」
俺が声をかけたのは白い面をした使者だ。彼女も「シノビ」であるが、側近のような立場らしくずっとヒメの側にいるのだ。
「私はそうですね……えっと、その」
まごまごとする使者。ヒメは少しだけ得意げな顔で白い面を剥ぎ取った。
「きゃっ」
「えっ?」
ヒメと同じ顔。可愛らしい丸い眉に神秘的な茶色の瞳。小ぶりで可愛い鼻もぷっくりとした小さな唇も……全てがヒメに瓜二つだった。
「これは影武者じゃ。名前はソラと言う」
「ヒメ様っ。私に名など……」
「わらべの頃はよく呼び合っておったろう」
リアがソラの顔を覗き込みにっこりと笑った。
「ここは極東ではないんです。ソラちゃんもみんなと一緒にのびのびしていいんですよ」
リアの言葉にヒメはうんうんと頷いた。
「みなさんも呼びづらいじゃろ。ソラ。ここでは仕来りも掟もない。ヒメもソラも自由に暮らすのじゃ」
ほれほれ〜と言いながら足を投げ出してソファーへ寝転んだヒメと慌てるソラ。なんだか本物の姉妹のようで微笑ましかった。
「おモチ……はまだできないけれど、これはいかが?」
ちょっとドヤ顔のゾーイが抱えるバスケットの中には丸い揚げ物が並んでいる。表面には砂糖がまぶしてあり、大きさは赤ん坊の拳ほど。
「極東とこの農場のコラボレーションっ!米粉揚げパンよっ。ふわふわもっちもちの食感おコメの素朴な甘さが新鮮なお菓子よ」
女子たちがうわっと群がって、クシナダまでもが美味しそうにそれを頬張った。
「うわ〜、なんて幸せなの!」
リアはほっぺたが落ちそうだと言いながら口いっぱいに揚げパンを詰めていたし、フィオーネはクシナダと一緒に食べている。
シューは人間の姿になってもちもち食感を楽しみ、俺も食べてみればびっくりするほどモチモチの食感でなんともいえない癖になる食感だ。
「お主……我が家の料理人にならんか」
ゾーイは困ったような笑顔で「いえいえ〜」とヒメの提案を受け流し、台所へと戻っていった。
「ゾーイ、あずきを育てようと思うんだが……新しいスイーツに使えそうじゃないか?」
俺の提案にゾーイはかなり乗り気なようでゾーイの部屋がある牧場の管理小屋へと戻っていった。
牧場の管理小屋はゾーイとリアの部屋があって、2人の勉強兼住居スペースとなっている。
「ゾーイ殿。ヒメの食べたいスイーツとやらについて聞いてはくれぬか」
「わ、私からもお願いいたします! その、甘いものには目がないので……」
「おーい! 持って来てやったぞ〜!」
家の外で大声を出しているのは親父だ。
やっと頼んだものが届いた!
「親父、サンキュー。使い方を教えてくれ」
親父は大きなトンカチのようなものと切り株のようなものを持っていた。
「これは、臼と杵だ」
炊いた米を臼の中に入れて、適度に水を入れながら杵でつく。それを繰り返していくと米が潰れてくっついて、大きな白い餅になるそうだ。
「餅を乾燥させて揚げればオカキといって塩や醤油をまぶして食べると美味しいお菓子になります。極東ではお酒のつまみとしてよく出されるのですよ」
ソラは丁寧に俺たちに説明してくれる。親父も俺もメモを取りながらモチが広げる可能性を探った。
「此度の交流でこの地と極東の物流が大きく動き、醤油やワサビといった極東特有の調味料の仕入れもたやすくなるでしょう」
「そりゃ楽しみだ。極東にはいい思い出がある。そりゃ、こいつの原産地だからな」
ゲスい下ネタに気がつかないヒメたちはなんのことやら……と受け流し、リアだけが顔を真っ赤にしている。
親父は女がいっぱい居てテンションが上がっているのだ。
「おっ、クシナダちゃん。じいじがきたよぉ」
おいおい、そいつは俺の子じゃねえよ。
「あっ、じいじが来ましたよ〜」
フィオーネのバカさ加減に呆れながら俺は注意する気も失せてしまう。なんで否定しないんですかっ! とリアは怒っていたがそれも無視することにした。
「最近元気が無くて」
「脱皮にゃ」
「え?」
シューの言葉に俺たちは凍りつく。
「もうすぐ脱皮するにゃ」
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