第41話 異世界からきた戦士(3)
「ゾーイ! 助けに来たぞ!」
「きゃああ!! 変態!」
風呂上がりのゾーイが悲鳴をあげて床に座りこんだ。俺の前にミーナが立ちはだかり、目はリアに塞がれた。
「何ようです。侵入者さん。でもいいのよ、ゾーイは自らここに来た。あなた方が何を言おうと戻らない。だから……今回の不敬はおおめに見てあげましょう」
マリアは余裕綽々で俺たちに言った。
「ゾーイ、ほらお客人におかえりいただいて」
ゾーイは俺たちが脅しに屈しると思っているのか、不自然な笑顔を作って言った。濡れた髪、急いで身につけた寝間着は反対向きだった。
「悪いわね、私はタケルと結婚して国王専属の戦士の妻になるの。多分、貴族の称号が与えられて一生安泰なの。医師の家系と最強の戦士の子を産んで……それで……」
ゾーイは涙を流した。
言葉は途切れ、小さくなっていく。
「悪いがそれには乗れん! 俺はお前とは結婚しないぞ!」
いてもたってもいられなくなったタケルが俺たちの後ろからぬっと顔を出した。
「なぜあなたが?」
マリアの顔から余裕の表情が崩れていった。ゾーイはびっくりして目を丸くしている。
「俺は鑑定士。ミーナさんは薬師。洗脳を解く方法なんていくらでも知ってる」
マリアが美しい顔を崩し、恐ろしい形相で俺をにらんだ。
「鬼姫薔薇の実。確かに最初はいい案だったよ。けどな、同じもので二度人を騙そうだなんて鑑定士をなめすぎじゃないのか」
俺はドレッサーの上に置かれた香水瓶を手にとる。美しい鬼姫薔薇の香り。そして、その香りの導線を辿った先の小箱の中。一際小さな小瓶。
香りからしてこれが鬼姫薔薇の実を使った洗脳薬だろう。ミーナに渡すとマリアはがっくりと肩を落とした。
「これで俺を?」
タケルはミーナの手の中にある小瓶を見つめて言った。
「俺は冒険がしたい。国王の申し出は断るよ。悪いけど……君とは婚約できない」
ゾーイはぽかんと口をあけ、驚いて声が出ないようだった。正直俺もびっくりである。タケルのことだからゾーイを許すとかなんとか言って女にすると思ったが……。
「そう。けれど……あの農場はおしまいよ。タケルが混乱する原因を作った鑑定士と……流通部まで使って我が家に侵入し……可愛い妹を殺したその魔物」
マリアは腰に隠していたメスをゾーイの首元に当てた。タケルが「やめろ!」と叫ぶ。
「にゃにゃっ!」
「だってそうじゃない? ゾーイの司法解剖をする医師部はそうやって国王に報告するの。お前は死刑、そうねその魔物は……医師部の研究材料にでもしましょうか!」
マリアが力んだせいでゾーイの皮膚が切れ血が垂れる。
「ミーナ……元薬師ごときが証言をしても無駄。国王は優秀な者の話を信じる傀儡なのだから! タケルさん、あなたは混乱しているだけ。正しいのはこちらよ」
タケルは困惑し始める。
これだからバカは困るんだ。
「そうね、私じゃ……なんの証言にもならないわ。ギルドは腐っている。医師部だけじゃない。多くの思惑と金が真実を歪めてしまう。国王は私よりも医師部に所属する幹部を信じるでしょう」
ミーナは悲しそうに言った。
マリアは勝ち誇ったような顔でメスに力を込める。ゾーイはぐっと歯を喰いしばるように目を閉じた。
「でも……あなたはたった今。全てを王族の前で自白し……妹まで殺そうとしているのよ」
ミーナがすっと横へよけ、ドアが開いた。
マリアの顔が凍りつく。
「我が名はヤマト・ヒメ。極東の国の国王の姪でございまする!」
ムカつくほどドヤ顔のヒメは丸い眉をくいくいと動かした。その横では使者たちが臨戦態勢である。
「此度の事件、このヒメが全ての証言をいたしまする!」
「なんで……こんなところに?」
マリアが油断した隙にゾーイは俺の方へと走りこんで来た。ぎゅっと彼女を掴んでもう誰も手出しができないようにリアの方へと促した。
「あの農場での出来事から全てをヒメは見ていたでございまする」
マリアには計算外だったんだろう。
郊外の農場に極東からの客人がいたなんて。このヒメのおてんばのせいではあるが、そのことで俺たちは救われる結果となった。
「この戦士が、そこにおられる農場主を攻撃しゾーイ殿を連れ去った。そして、この屋敷で語られた全ての出来事をヒメは見聞きしたでございまする」
「マリア、もう終わりよ。このような醜態を来賓に見られたとなれば医師部もあなたを守ってはくれないでしょう」
「嘘よ! 嘘よ! 警備のもの! こいつらを殺せ!」
マリアの叫びも虚しく、シノビたちが全て警備を倒してしまっている。この屋敷にはもう誰も彼女を守るものはいない。
***
それからが長かった。
すべてを国王とそれからギルドに報告し、ヒメの証言によってマリアの悪事とそしてゾーイの悪事が明らかになった。
「よかったのか、あれで」
ゾーイは黙ったまま頷いた。マリアは公開処刑になることが決定した。献金だけでなくS級冒険者の失踪や自殺の洗脳についても責任を問われ死罪となった。また、医師部の幹部であった男がマリアと不貞関係にあったことも明るみになり医師部も新しい風が吹くことになりそうだった。
「それから……ありがとう。タケル」
国王が問題視したゾーイの罪はタケルの意見によって減刑されることとなった。タケルのパーティーが壊滅したことはパーティーの全員に責任がありゾーイだけの問題ではなかったこと、そしてゾーイは姉によって危害を加えられもう罪を償っていること。
ゾーイはギルド永久追放と天職の返上のみとなった。
ダンジョンへは入れないし、ギルドに依頼を出すこともできなくなってしまったが天職の返上は形式上のもの、牧場で勉強する分には問題ないだろう。
「お前がハーレムを作れて俺に作れないわけ……わかった気がする。俺はダンジョン攻略を頑張るからさ、お前も頑張れよ」
だから「はあれむ」ってなんだよ!
「おい、リッケルマンの公開処刑が始まるぞ!」
「あの女狐め! ようやくか!」
「処刑の前はどんな拷問があるんだろうな」
「身ぐるみはがして拝ましてもらおうぜ」
ギルドの前、人が多くなって来た。
「ゾーイ、帰ろう。じゃあな、タケル」
「俺はお前が復帰するまで諦めない。もう一度ついていきたいって思えるような男になってやる。覚悟しとけ!」
はいはい。
うまいこと使ってやるよ。
俺たちは農場の方へと歩き出した。
歓声と悲鳴。
震えているゾーイの手を握って、振り返らずに歩く。農場ではみんなが待っているはずだ。俺の中で胸につかえたものが取れたような……。
タケルの笑顔を見るともう一難ありそうだが……いや、ゾーイで最後。これからは本当のスローライフを満喫させてもらうぞ!
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