第44話 おもちが食べたい(3)
「えいさっ!」
「ほいさっ!」
フィオーネと俺が小気味よく餅をつく。もちろん俺は下で餅をひっくり返す地味な役だ。
クシナダはといえば、牧場でゾーイに食育を受けている最中だ。クシナダは天使のような見た目だが魔物。牧場にいる動物たちや土モグラ、カモなんかを丸呑みにしてもおかしくないのだ。
「とりさん……めっ!」
「とりさんめっ!」
それにしてもゾーイは子煩悩である。あの一件以来、クシナダに触れることも多くなったし何よりその表情が……
「あたっ!」
「よそ見しないでくださいよ〜」
手の甲に激痛が走り、俺は転げ回る。呆れ顔のシューとリア。ソラが俺の代わりに餅をこねる役に回った。
「そうそう、極東とこの地を結ぶ<ぽーたる>ができたゆえ。ヒメはいつでもここに遊びにこれるのじゃ」
やべっ。すっかり忘れたがそれ今日だったか!
極東との本格的な商業交流が始まれば、冒険者だけでなく流通も爆発的に増える。何より極東には優秀な武具や美味しいものが多い。
あぁ……俺が知らないものがたくさんあるのだ。
「まったく……何をぼーっと考えておるのやら」
俺の手の甲に優しい光を当てながらヒメは言った。
「そうだ、今度極東のキモノ。クシナダに仕立ててあげたいんですが……」
「ヒメに任せよ。クシナダにぴったりのものを仕立ててやろう」
ヒメがにっこりと口角をあげたその時、ソラが「できました〜!」と大声をあげた。
待ちに待った「オモチ」が完成したのだ。
***
「だめです! 喉に詰まったら」
リアが餅に手を伸ばすクシナダに言った。とはいえ、さっきでかいパンを何個も丸呑みにしたんだぞ……。
「あぁ……幸せじゃのぉ」
自前のお茶と醤油を準備したヒメとソラはお餅を満喫している。
「その黒いのはなんですか?」
「海苔だ」
ゾーイの質問に答えたのは俺だ。昔親父の店で食った覚えがあった。確か、海水で取れる海藻の一種でかなり栄養価が高い。
海の香りが漂ってなんというか料理の風味が増すのだ。色がちょっとグロいせいであまりこっちの地方では売れないのだが……。
「これ、スイーツにアレンジしたら人気が出そうね」
商売っ気を出しているのはゾーイである。まったくこの女は抜け目がない。いかにして動物たちにいい暮らしをさせるかを頭に置きながら生活をしているのだ。
まぁ……以前と比べればいい方に傾いているがゾーイという人間は本当に負けず嫌いで極端な子だ。
「これを乾かして……油であげたり焼いたりすれば別のお菓子になるんですねぇ、あっ! クシナダッ」
「はむっ」
フィオーネが持っていた餅を美味しそうに頬張るクシナダ。ゾーイがすかさず「かみかみ!」と言った。
すると……
「かみかみ」
と言いながら口を動かす。
いや、あの……まだ歯、はえてないっすよ。
「ミルクにつけて食べたら美味しいにゃ」
シューにはあまり餅がはまらなかった様子だ。
「んぅ、美味じゃのう。この田で取れたもち米は格別じゃ」
「ヒメ様。食べ過ぎてはいけませんよ」
「なんじゃ、ええじゃろう」
おんなじ顔して睨み合うヒメとソラ。一方でクシナダは大きく口を開けてモチを誰かが入れてくれるのを待っている。
なんて可愛らしいんだ。
「シュー、本当のところクシナダには何食わせればいいんだ?」
シューは猫耳をピクピクと動かす。人型の時にこれをやられるとたまらなく可愛いんだよなぁ……。
「蛇女はそうにゃ……うーん。幼いうちは魔物を丸呑みにしてたにゃ。けど成体になると貢物を食べてたかにゃ」
「蛇女はその美しさから、知能を持つ魔物が貢物をするにゃ。それこそ、冒険者たちが食べているような料理もあったにゃ」
一同にゾッとした悪寒が走った。
「普段は何を……食べてたんだ?」
「冒険者にゃ」
「ボウケンシャ……?」
リアがガクガクと震える。ゾーイはリアの背中を摩り、フィオーネだけがきょとんとしていた。
「冒険者……どうやって食べるんですかねぇ」
丸呑みにすんだよバカ!
と突っ込みたかったが「考えないでおこう」といってクシナダを抱き上げた。
「ヒメさん。この子が人を食べずに育つ方法はあるんでしょうか」
「だから、言っておるじゃろう。蛇女は大食らいじゃと」
ヒメはお餅をごくりと飲み込む。
「はるか昔、極東では神に
そうか……食べ物を食べて育っている人間というのは栄養価が高い。その代わりに食物を食べさせるとなれば人間1人が育つ分と同じくらいの食物が必要って原理か……。
一回の食事で人間ひとり分……だと??
「じゃから……クシナダも人を食べずとも立派な蛇女様に育つことじゃろ」
クシナダはまだ口を開けて待っている。
こいつが育つためには大量の食べ物が必要だ。
「シューがどんなにお得かわかったかにゃ?」
俺は黙ってシューの言葉に頷いた。
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