第35話 ビバ稲作(1)


 ギルドの援助を受けて土地を買うことになるなんて、追放された時の俺は予想もできなかっただろう。

 でも、努力のおかげか鑑定士という存在が認められてきたおかげかはわからないが事実、出資を受けて俺は農場の隣の土地を手に入れた。


「おぉ、そうそう。掘り下げて……ここに水を張るんだ」


 張り切っている片目の男は俺の親父。俺が産まれる前に極東へ修行に出向いていたらしく、極東の植物にも詳しい元鑑定士である。

 ぬかるむので義足のゾーイを指示役に俺たちは作りに励んでいた。


「水路係〜! 大丈夫かしら」


 田んぼには水路が必要だ。綺麗な水がないと稲は育たない。

 農業用の水路からさらに田んぼ用の水を引くために小さな水路を掘ってもらっている。


 極東交流の一大プロジェクト。

 田んぼで育った稲を使った料理でおもてなし作戦をミーナに頼まれて俺たちは泥まみれになっている。


「みなさーん! かわいいかわいいカモの到着ですよ〜!


 リアが元気よく声をあげた。彼女が両手で抱える大きな鳥かごの中にはカモと呼ばれる水鳥が10羽。こいつらは雑草や害虫を食べ、稲の成長を助けてくれる益獣だそうだ。

 仕入れるのに困難したが、大活躍したのは……


「ゾーイ、はいこれ。ラブレター」


「あら、うふふ、愛するゾーイのためにですって」


 ゾーイである。

 なんでも冒険者に顔が広い彼女が出した依頼はすぐに受注されるらしい。悪知恵の働くゾーイは俺たちが楽をするため、そんな手法で極東ダンジョンへの探索依頼を出していた。


「さて、この子たちは私に任せるとして……。タネの方はソルト!」


 ぬかるみに手間取られながら俺はゾーイの方へ向かった。リアがおどけた様子でゾーイと話している。


「これ、タネ。 私は協力できないけど……頼んだわよ」


 お前はリーダーか! と言いたくなるのをなんとかこらえてゾーイからタネを受け取ると無作為に田んぼの中へばらまいた。


「えっ、順序よくじゃないの?」


「それは苗になってからだ」


 ちょっと曖昧だが、稲はタネを植えれば育つというわけではない。まずは苗になるまで待って、いい苗だけをタウエするのだ。


「シュー、温度を保てるか」


 シューはめんどくさそうにアイアイサーと返事をして黒魔術を唱え始めた。田んぼのある空間を一定の温度で保つ。

 こうすると……安定するはずだ。


「いやー、バカ息子にしてはよぉやってるな!」


 親父がガハハと笑う。


「のんびり生活は楽しいか! 楽しいだろう! べっぴんさんばっかりだ」


 やめてくれ! なんだかんだ巻き込まれて引き取っただけで別に女ばっかり集めてるわけじゃねぇよ。と反論しても親父は聞く耳を持たない。

 なんなら、リアに「よろしくな」なんて挨拶まで……くそっ!


「まったく、親父さんはかわらないにゃあ」


「ところでお前ら、握り飯は食べたいか!」


 親父が家から持ってきたのは大量の握り飯。俺たちや大工の分もある。中にはサーモンを焼いたものが入っていて、これまた親父の得意料理の一つである。

 シューの目がギラギラと輝く。


「うわあ……美味しい! 今度作り方を教えてくださいっ」


 リアが両手に握り飯を持ったまま言った。隣にいるゾーイはなにやら悪いことを企むような顔をして握り飯をじっと眺めている。


「おお、花嫁修行かい? はっはっはっ」


 お願いだ親父……そいつは弟子で別に俺の女じゃ……。

 

「わあ……おいしいっ」


 リアはびっくりするほど美味しそうに握り飯を食べる。足元の鳥かごでカモたちがピーピーと鳴いていた。


「おい、蛇女の方はどうだ」


 親父は握り飯を配り終わると俺に言った。フィオーネにおぶられている赤ん坊はまだ名前もない。

 名前か……。


「名前かぁ」


「まだつけとらんのか」


「あぁ、何せ親が戦士だからな」


 親父は口の周りをコメだらけにして握り飯を食っているフィオーネを見て苦笑いをした。


「お前の母ちゃんにそっくりだ」


 あれ、それは別の女だっけな? とはぐらかしながら親父は後頭部を掻いた。俺の母親は戦士で、ダンジョンで死んだ。そのあと親父は結婚離婚を繰り返している。というか、女房に逃げられてばっかだ。


「俺の母ちゃんってあんなアホだったのか」


「おうよ」


 フィオーネは視線に気がついたのか俺たちに向かってにこりと笑った。

 

「お前の母ちゃんもお前の名前つけるの忘れてたからな……お前がつけてやれよ」


 あぁ……。

 リアとゾーイに任せよう。女の名前なんてよくわからないし。


「にゃあ」


 シューを膝の上にのせて耳の後ろをカリカリと掻いてやればシューは気持ちよさそうに首を伸ばす。

 魔術を使って疲れたんだろう。


「親父、魔物をグレードアップさせる魔法石って知ってるか?」


 この人は俺が尊敬する唯一の鑑定士である。

 今は貧民街のおっちゃんであるが、もともとはそこそこ優秀な鑑定士だ。腕っ節は俺の方が強いが知識量じゃこの人に勝てた試しがない。


「おとぎ話レベルでよければ」


「それでもいい」


 シューの尻尾がぶんと動く。彼女も知っているのだろうか。

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