第34話 蛇と女(2)


「何を考えているんですか!」


 ギルド流通部執務室。俺たちはミーナに怒られていた。

 それもそのはず、ダンジョン内で拾った貴重品レア卵をわかっていながら勝手に持ち帰ったからだ。

 すでに生まれた赤ん坊はS級魔物 蛇女の赤ん坊でフィオーネを親だと思っている。


「ミーナ、その辺にして。今は突然変異について考えないと」


 ミーナの説教を遮って声をあげたのはヴァネッサだった。彼女はギルド魔物モンスター研究部の幹部で今回の突然変異について調査を行なっている。


「では大蛇コブラのダンジョンでこれを拾ったと?」


「ええ、産卵期でダンジョンの中層まで上がった大蛇コブラが深層……普段なら大蛇コブラ自身が生息する場所に隠していました。俺自身は大蛇王のものだと思いましたが……まさか蛇女とは」


 ヴァネッサは「そう」と短く返事をしてからフィオーネが抱く赤ん坊をまじまじと見た。見た目は人間の子供だが、その額から生えた2本の小さなツノは蛇女のそれであることを示している。


「ダンジョンでは……そもそも大蛇コブラのダンジョンではこのような変異は見られませんでした」


 ヴァネッサが仮説を立てる。


「何者かがわざとたまごを置いて行った」


 俺はあの時感じた違和感を思い出した。


大蛇コブラは弱っているようでした。中層で冒険者たちを食い殺していたのでそれによる疲弊かもしれませんが……何か大蛇コブラ自身の力が弱まっているような感じでした」


 ヴァネッサは紫色の瞳をちらりと動かした。


「だとすれば、大蛇コブラが無理をして卵を守る理由がないのよね。何者かに托卵されたのだとしたら」


 大蛇コブラが頑なに守っていたのはだ。

 だとすれば、超下級の魔物からS級の魔物が産まれる可能性があったということだろうか。


「調査にいかせないとね」


 ミーナが冷たく言い放った。


「ええ、うちの調査団にいかせるわ」


「それから、収穫物ドロップアイテムについても没収よ」


 俺たちはあの時のアイテムをヴァネッサに手渡した。ヴァネッサは興味深そうにジロジロと見ながら執務室を出て行った。

 残ったのは怒って顔を真っ赤にしたミーナと俺たちのみ。


「あの……すみませんでした」


「私はあなたを信用しているんです。だから、もう嘘をつかないで」


 フィオーネがシュンと俯くと赤ん坊が励ますように笑い声をあげた。


「本当に……すみませんでした」


「フィオーネ、外してくれるかしら」


 ミーナと俺、そしてシュー。シューは猫の姿のままミーナの膝の上に丸くなった。


「あの2人が噛んでいるとしたら、どんな方法があるかしら」


 俺は考える。迷宮捜索人を務める実力の鑑定士が考えうる突然変異の起こし方か……。

 魔物をグレードアップさせるもの。

 特別な鉱石か……なにか……。


「育成魔法石……の類でしょうか」


 育成魔法石は俺が育成水を作るために使う魔石のことだ。植物を成長させる力があって、元々は大きなクリスタルから切り出されたと言われている。

 俺がどうしてこれをもっているかといえば、冒険者時代にとある人物から受け継いだのだ。


「魔物をグレードアップさせるような力を持つ魔法石。俺がそれで育成水を作るように薬師が加工した何かを……仮にですが初級冒険者に持たせて、その初級冒険者が魔物に食われる。すると、魔物はグレードアップし……産卵期だった大蛇コブラは上位互換の蛇女の卵を産んだ」


 完全なる仮説だが可能性はある。俺たちが追っているのは鑑定士と薬師のコンビ。鑑定士の知識と薬師の加工術で何か……。


「魔石……ですか」


「まだ、1ケースのみ。ただの突然変異の可能性もありますし一旦は保留で良いでしょう。ところで、あなたの農場の方はどうですか」


 ミーナは書類に目を戻した。

 俺の頭は魔石のことでいっぱいだというのに。幹部ってやつの切り替えの早さと言ったら……


「順調ですよ」


「お願いがあるんですが、聞いていただけますか」


「ええ……いいですよ」


 また面倒事か? まあ、怒られたこともあるし多少のことは協力するしかなさそうだな。


「私……おコメが食べたいの」


 頰を真っ赤に染めたミーナはなんとも恥ずかしそうに身をよじらせた。びっくりするほど可愛くて、この人が年増だったことを忘れてしまいそうになる。


「ほら。おコメって高価でしょ? 定食屋さんでも身内にしか出さないって聞くし……私も何度かしか食べたことがないの。ただ、特殊な育て方だっていうからどの農家も育ててないでしょう」


 確かに、コメの原料は普通の畑では育たない。

 この街だと俺の親父の店ではよく「コメ」を出しているが、常連客か俺たちぐらいだろう。


「土地を買わないと……」


「実はね、流通部でもちょっと協力できそうなの」


 ミーナは嬉しそうに微笑むと椅子を倒す勢いで立ち上がった。ひっくり返るようにシューが床に転がってフシャーと唸り声をあげる。

 豊かな胸を揺らし、ミーナは何度か机を叩いた。


「極東の交流大使がね! もうすぐ到着するのよ!」


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