第33話 蛇と女(1)
「ソルト、本当にわかってるのかにゃ」
シューの体を洗いながら、俺は頷いた。普段はふわふわしているのに水に濡れると細くなる猫の体はなんとも弱々しい。
暖かいお湯をたらいに張って、その中でシューはリラックスをする。
「あれ、
「なんでギルドに黙ってたにゃ」
そりゃ……。権利主張モードのフィオーネを止めるためだ。それに、ダンジョンボスの産卵期、さらには
知らなかったことにして育ててみたい。
鑑定士としてはちょっと興味深かったのだ。
「低級魔物だし、余裕だろ」
「まぁ……私の魔術にかかれば問題ないにゃ。牧場の見世物にして荒稼ぎするにゃ」
にゃおん。とシューが鳴いて俺はタオルを巻くようにしてシューを抱き上げると部屋へ連れて行く。暖炉の前に下ろして毛づくろいは彼女に任せた。
「あら、入浴後のあいすくりーむはいかが?」
すっかりハスキーボイスになったのはゾーイだ。何やら美味しそうなものを持っている。
「なんだそれ?」
「ふふっ、やっぱり流行りってものを知らないのね」
得意げに顎を上げ、ゾーイはテーブルの上にそれを置いた。甘い香料とミルクの香りが漂ってシューの目がギラリと光る。
「ミルクと砂糖、甘い香料と氷があればできるわ。あ、あと冷やすのに塩が必要だけど」
ゾーイは手際よくそれをとりわけて、俺によこした。柔らかい感触だが冷たい。口の中で甘さと香料が広がった間も無く溶けてなくなってしまう。
うまい……。
「ぷりんと並んで売れ筋の商品になるわよ。ただ作るのに手間がかかるから生産量は減るわね」
シューがとろけた顔であいすくりーむを頬張っている。フィオーネも好きだろうか?
「リアは?」
「あぁ、リアならまだ牧場でチーズの加工をしてるはずよ」
「ゾーイ、牧場の方の管理だけど」
ゾーイは少しだけピリッと緊張感を漂わせる。俺、そんなきついこと言うつもりないんだけどなぁ……。
「リアと二人で売り上げの管理と経営を任せてもいいか?」
ゾーイの表情がぱっと明るくなる。牧場の方であれが欲しいこれが欲しいと言っていたがなかなか手が出せずにいた。リアとゾーイは商品開発の能力も高いし、商談だって俺なんかよりよっぽどうまい。
一旦任せてみてもいいんじゃないか。
「また……私が悪さするかもって思わないの?」
ゾーイは少しだけ意地悪い顔をしてみせる。こいつは強がりで多分すごい天邪鬼だ。
「リアが見張る。もしも裏切ったらその時はもう二度とここへは入らせないし、商談材料としてお前を嫁にいかせる」
ゾーイがひっ! と声をあげた。
まあ裏切らないと信じているし、そんなつもりもないが一応……な。
「わ、私は天職医師よ! この中の誰よりも優秀。すぐに農場の売り上げを追い越して私にひれ伏してもらうわっ」
そんな憎まれ口を叩くゾーイはなんだか嬉しそうで、俺の闘争心にもちょっと火がついた。
沼花の果実のワインが農場の大きな収入源だがもっと売れるものを考えてやる。明日あたり、フィオーネを連れて採集でも行こうか。
「あっ、あいすできたの? ふふっ、ゾーイ食べましょっ」
リアがひょっこりと顔を出す。リアの声を聞いて、ゾーイは花が咲くような笑顔を見せた。
「塩っ気のある焼き菓子があればもっと売れるはずよ」
キャピキャピと話しながらゾーイとリアは台所の方へと入っていった。
「何食べてるんですか?」
フィオーネが抱えているものを見て全員の時が止まった。
「フィオーネ? その子は?」
「んにゃっ!」
「えっ、フィオーネさん?」
「はぁっ? アンタいつの間に……まさかソルトと……?」
「ちっ! 違うぞ! なんだよ! その赤ん坊」
フィオーネは愛おしそうに腕の中の赤ん坊を見つめ、そして言った。
「卵からかえりました」
俺が
——S級魔物 蛇女のたまご
「ちょっと冷たいんですけど……かわいいんですよぉ」
たまごから赤ん坊が生まれることに疑問を持てよバカ戦士め。
「え〜可愛いっ!」
「ちょっと、次は私に抱っこさせなさいよ」
「子供は嫌いにゃぁ」
俺の見世物小屋計画は失敗に終わり、俺たちの農場に小さな仲間が加わった瞬間だった。
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