第36話 ビバ稲作(2)


「はるかその昔、まだ魔物たちが知能を持たなかった頃。神様が1つの大きなクリスタルをこの世にもたらしたとされている」


 まあ本当におとぎ話だな。


「そのクリスタルを手に入れた魔物は人間の姿になることができる。そう信じた魔物たちは世界中に散って行った。海の中空の上地中……クリスタルを手にするために」


 クリスタル……。それが魔石のことだろうか。


「ダンジョンができるきっかけになった話だと捉えていたが、もしかすると魔物をグレードアップさせたことを示唆する話だったのかもな」


 親父は空を見上げる。


「お前の母さんにも同じ話をしたよ。そしたらあの女」


——私たちがダンジョンをさがすように、魔物も何かを探すのね


「バカ正直で、まっすぐでよ。な〜んでお前は俺に似ちまったのかね」


 ガスンと後頭部をひっぱたかれて俺は悪態をついた。


「まあでも、お前の嫁にするならリアちゃんだな。あの子は気立てがいいし何より前向きだ。ひねくれたお前にはいい女房になる」


 本気でやめてくれ、クソ親父。


「あのゾーイちゃんってのはワガママそうだし気が強そうだが実は一度惚れたらまっすぐなタイプ。まぁ……一番いいお母さんになるな」


 おい……やめろ。


「フィオーネちゃんはバカだが頑張り屋。サキュバスかぁ……そりゃすごい」


「いい加減にしやがれ!」


「なんだ! ドラ息子! やるかぁ」


***


 苗が育つまで数時間、俺たちはタウエを素早く終わらせてカモを田んぼに放った。カモたちはなんとも可愛らしい。

 ゾーイが夢中になって何度か田んぼに落ち、リアや俺を巻き込んだ。


「そうそう、その子に名前をつけてあげるにゃ」


 シューが軌道修正するように大声を出して、フィオーネはきょとんとした顔で首を傾げた。


「赤ちゃんにですか?」


「フィオーネ、あんたには素敵な名前があるでしょ。その子にも何か素敵な名前をつけてあげるってことよ」


 わかったのかわかっていないのか、フィオーネはゾーイの顔を見て赤ん坊の顔を見た。


「へびちゃん……とかですかね」


 蛇女だからへびちゃん……なんてセンスがないんだ。

 ゾーイががっくりと肩を落とす。


「その子は人型にゃ。そんな低俗魔物みたいな名前じゃかわいそうにゃ」


「いいこと思いついた!」


 リアがにっこりと笑う。


「今度、極東の偉い方が交流でいらっしゃるでしょ? その方につけてもらうのはどう? 蛇女って極東の方では神様と崇められているって聞いたことがあるわ」


 リアは本当に勉強熱心だと改めて感心する。極東ではそんな風習があったとは……、あとは経験さえ積ませてやれば彼女も十分にA級に昇格できるんじゃないだろうか。


「そうだ、すみませ〜ん」


 色気たっぷりのゾーイは余った土地にカモたちが寝床にする小屋を作ってもらったり……。本当によくやるものだ。


「明日の朝には立派な稲穂ができてるぜ。そうだ、水を抜いて収穫。それから干して精米するんだぞ」


 へいへいと返事をしてから俺は大工たちに報酬を支払った。ギルドからの支援があるとは言え、まあ痛い出費だ。赤ん坊もいるし、新しい動物も。


「コメっても卸すくらいしか稼ぎどころがないのが問題だな」


***


 朝はリアの声で目がさめるのが日常だ。ゾーイは牧場の方の仕事が忙しいため一緒に朝食は取らない。彼女は罪悪感がまだあるようでなかなか家に打ち解けていないのだ。


「あっ、またシューさんソルトさんと寝て!」


 俺の布団をひっぺがしたリアは俺に寄り添って丸くなっていたシューに向かって言った。頰を膨らませ、珍しくシューを睨んでいる。

 

「俺が頼んだんだよ」


 もふもふは正義だ。

 猫の肉球にふにっと触りながら眠れたときの幸福感と言ったらもう……どんな極楽より心地よいだろう。それに猫のおでこの匂いと言ったら……お日様の匂い。干したての布団の匂い。

 ああ、なんて最高なんだろう。


「ええっ……ソルトさんとシューさんってやっぱり」


「相棒にゃ。リアには関係ないにゃ」


「むぅ……」


 リアは不満そうに部屋を出て行った。


「何カリカリしてるんだにゃ。まったく」


「ほんと、リアは最近よくわからん」


 シューは大欠伸をしてから人間の姿に戻り、置いてあったローブを羽織った。俺も渋々ベッドから出て顔を洗うために外へと向かう。階段をおりて勝手口から井戸の方へ。


「おはようございます」


 キャッキャッと赤ん坊がフィオーネにおぶられたまま笑った。愛嬌のある可愛い子だ。俺が手を伸ばせばキュッと指を握りなんだか嬉しそうだ。

 お前の親を殺したのが俺たちだと知った時、この子はどんな風に感じるんだろうか。

 そんなことを考えてしまうのは俺がひねくれているからだろうか。


「うわぁ……みてくださいっ」


 俺がマイナス思考になりかけた時、フィオーネがのけぞるほど感動したような声をあげた。俺は赤ん坊から視線を離し、フィオーネが見ている方向を見た。


 美しい朝日の光に照らされた稲穂が黄金色に輝いていた。そよ風に揺れてキラキラと光を反射している。

 小麦やライ麦畑とは違う、神秘的は美しさは俺の心を綺麗に洗い流すようだった。


「たのもー!」


 玄関先から大きな声がして、あまりにも早すぎる尋ね人がどんな人間であるか俺たちは想像がつかなかった。

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