第31話 フィオーネの受難(1)


「私……もっと強くなりたいんです。だからダンジョンへ連れて行ってください!」


 フィオーネは朝っぱら、まだ鳥たちが目覚める前に大声を出した。

 昨夜俺が寝入ったのはかなり遅かったし、眠りも浅かったので本当に勘弁してほしい。


「引退したんだぞ……パーティーは組めない」


 そう、俺は冒険者カードを返却し採集目的以外でのダンジョンへの出入りは禁止されている身だ。

 一応、剣術と魔術は使えることもあって中級までのダンジョンであれば単独で入ることも可能だが……正直そっち方面はシューに任せっきりで俺の担当ではない。


 そもそも、ほとんどダンジョンに出入りしてないな……。


「なら……フーリンさんになんとかしてもらって……」


「フィオーネ、俺はもう戦う目的でダンジョンへはいかない。もしもお前が戦いたいなら、自分で依頼を受けるんだ」


 フィオーネは眉間にしわをよせ、そして悲しそうな顔で言った。


「私が……戦士だからですか」


 え? 何がだ?

 俺は彼女の言っている意味がわからなかった。


「リアやシューさん。ミーナさん。それに、ゾーイにはすごく優しくするのに、私には……私には冷たくするのは、私が戦士だからですか」


 冷たくしてたか?

 いや、そうかもしれない。俺の中で戦士に対する憎悪というのがどうしても消せずにいる。

 それは10年の冒険者人生の中でタケル以外のたくさんの戦士たちに受けた差別や屈辱、そもそも鑑定士は戦士が嫌いだというありきたりな感情が原因かもしれない。


「違う」


「協力してほしいです」


「俺は引退したんだ」


 そもそもこいつはサキュバスの血のせいでモンスターを倒すことができない。シュー曰く、低級魔物をサキュバスは同族を殺すような仕組みになっていないそうだ。


「私がもっと戦士として熟練できていたら、ゾーイさんは救えたかもしれない。あんな風にならなかったかもしれない。私の天職は戦士。この血にあらがってでも成長してみせます……だから」


 あぁ、そんな目で見ないでくれ。

 俺は思わず布団をかぶって彼女を見ないようにした。彼女にはサキュバスの血が流れている。

 誘惑されそうになって、正直心臓が持ちそうになかった。


「私、この農場の用心棒です。今回の件の責任は……私にだってあります」


 ないだろ。

 フィオーネは正直なにも悪くない。

 相手はS級の魔術師で、シューの仕掛けたトラップをかいくぐって侵入してきたのだ。もしもフィオーネが立ち向かっていたら、けが人が増えただけだろう。


「朝の……収穫に行ってきます」


 俺が無視し続けたからか、フィオーネはやっと部屋を出て行った。

 どうすべきか、彼女の気持ちを組むべきか……

 いや、あのバカのことだからどんな手を使ってでも強くなろうとするだろう。

 看板プラカード持って座り込みする女だぞ……。


***


 朝食はエッグパイ。リアの得意料理である。彼女が台所に居座るようになってから家の食事のグレードアップが恐ろしい。

 あの露店を定食屋にでも改造して稼がせるか? ゾーイも義足に慣れ、少しずつ牧場の生産も上がってきているし。


「やっぱり、チーズがあると違うにゃ」


 ゾーイが帰ってきてからチーズやバターといった乳製品の生産も復活し、食卓に彩が加わった。

 コメも食いたいところだが……稲の生産は別の土地が必要だし極東系のダンジョンは難易度が高い。

 潜るには俺だけじゃ難しいだろうな……。

 自然とフィオーネに視線がいく。

 彼女が強かったら……? もっと栽培の幅も広がるんじゃないか。


「リア、どこいくんだ?」


 リアはバスケットに朝食を詰めて玄関へ向かおうとしていた。


「ゾーイと一緒に外で食べようかと思って」


 今日は天気がいい。シューとミーナに協力させてもっと守りを強固にしたこともあってリアとゾーイはあんなことがあったにも関わらず牧場での仕事を続けてくれている。

 俺が守らないといけないんだよな……。


「私も日向ぼっこするにゃ」


 気を使っているのかいないのか、シューは黒猫の姿になってリアの足元を歩いて外に出ていく。

 俺とフィオーネ。


「俺は今日、ちょっとダンジョンに用事がある」


「たまたまお前が同じダンジョンで修行をする」


 フィオーネの瞳がキラキラと輝き出す。トマトソースがべちゃりと皿の上に落ちても御構い無しだ。


「その代わり、もしもモンスターを殺せなかったら……もう二度と連れて行かない」


 フィオーネがごくりと喉を鳴らした。

 サキュバスの血が入っている彼女に酷なことを突きつけているのは理解している。だが、彼女は今後戦士として生きていくのであればモンスターを殺すのは必須だ。

 ここでの警備では必要ないスキルだが……万が一強力な魔物が放たれたり、どうしてもダンジョンに必要なものを取りに行く際にフィオーネが成長してくれるのはありがたい。

 そして何より俺はフィオーネに自分の殻を破ってほしいのだ。


「はいっ!」


 フィオーネは立ち上がった拍子にミルクをこぼし、慌てたせいですっ転んだ。

 これ……大丈夫なの……か?


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