第30話 S級冒険者失踪(2)


「安眠草ですか?確かに安眠草の種は人体に埋め込むと永遠の眠りを……まさかそれをナイフに仕込んでたって言いたいんですか?」


 ミーナと突飛すぎる発想に困惑しながら、俺たちは主治医に説明しゾーイの塞ぎかかった傷口の調査をしてもらうことにした。

 安眠草の発想がなかったことに悔しさを感じながら薬草の勉強もしっかりしておくかと反省する。


 そして、手術室からゾーイが出てくるころには俺たちの仲間全員が病室に到着していた。


「でも、薬師にできるのはこの程度の策略。洗脳までは……」


「医師に洗脳が可能かどうか、調べた方がいいわね」


 リアは眠るゾーイを見ながら言った。そして、リアの言葉に反応するようにゾーイは目を開いた。息のような掠れた声でゾーイは


「みんなは」


 と言った。リアとフィオーネは泣き出しミーナは安堵でへたり込んだ。俺がゾーイに声をかけようとした時、シューが唸り声をあげた。

 扉が開く音がして、そこにはあの美しい女が立って居た。


「目覚めたようね。ゾーイ」


 乾いた笑顔は病室の感動を一変、恐怖に陥れる。あまりの恐ろしさにフィオーネは剣をいつでも抜けるように構えていた。

 タイミングが良すぎる……。


「足も、美しさもなくしたあなたを我が家は必要としていないの。勘当よ」


 死の淵を彷徨った妹にかける言葉じゃない。

 俺の頭にずんずんと血が上り、鼻血が吹き出そうなほど鼓動が大きくなる。


「おい、死にかけた妹にかける言葉か」


「あら、ついに鑑定士にも自慢の足を開いて見せたの?」


 ゾーイは何かを言い返そうとしたが声がうまく出ずに眉間にしわを寄せる。リアがゾーイをかばうように腕を広げた。


「そんな姿じゃ、もう誰にも愛してもらえないもの。交渉材料に使えないならあなたは必要ないわ」


 マリアは乾いた笑顔を浮かべながら、もう一度俺の方を向き直った。


「妹を助けてくれて……ありがとう」


 彼女がわざとらしく頭を下げた時、俺の頭に電流が走った。これはじゃない。

 甘い薔薇の中にツンと鼻をつくようなかすかに香るのは


「また近いうちにお会いすることになります」


 俺の言葉にマリアは真顔になる。


「その香水を贈ってくれた友達によろしくと伝えてください」


 マリアは表情一つ変えずに病室を出て言った。俺以外の全員が状況を飲み込めずにぽかんと口を開けていた。


***


 鬼姫薔薇は最上級のダンジョン、しかもドラゴンが住むと言われる山岳に自生するとても珍しい植物である。

 一般的な姫薔薇と似ているもののその名がつけられたのはそう言った恐ろしい場所に生えているから……らしい。


 俺の調べによればここ50年鬼姫薔薇を冒険者が持ち帰った記録はなく、おそらく闇取引で扱われた香水だろう。

 次に、この鬼姫薔薇の実は強い精神作用を引き起こす。


 かつて、この鬼姫薔薇の実を使ってドラゴンを操った鑑定士いたとかいないとかそんな話があるほどで俺自身、この目で効能を見たわけじゃないから仮説ではあるが。

 こんなおとぎ話、知っているのは鑑定士くらいなもので……。


「闇に暗躍する鑑定士……ですか」


「おそらく、ドラッグスムージーを流通させた奴らと同じだと考えてよいかと思います」


 ミーナは失踪者リストを見ながら言った。


「では、少なからず最上級のダンジョンに潜ることができる2人組の鑑定士。協力している戦士がいる可能性があって……お金持ちを相手に商売をしているということかしら」


 ミーナの仮説に俺は頷いた。

 もしも、マリアが鬼姫薔薇の実で洗脳をしていた場合自分が犯人であることを隠そうとするだろう。

 そんな人間が鬼姫薔薇の香水を堂々とつけるだろうか?

 俺の予想じゃ、彼女はスケープゴート。どうやって洗脳させていたかすら知らないはずだ。


「ではなぜ、ゾーイを?」


 それがわからないのだ。

 マリアが大金を積んで闇ルート経由で妹を消そうとした。

 それが妥当だがどうも辻褄が合わない。

 あの時マリアはわざわざ勘当を言い渡しにきた。

 殺すなら残りの弾である失踪者の男を使えばよかったのだ。

 違う、妹に嫉妬した姉が妹の美しさを奪いたかったのか?

 それなら合点がいく。

 マリカの兄がゾーイにとどめをさす前に自殺したことも納得がいく。

 

「あぁ……犯人がわかりました」


 ミーナの顔が真っ青になっていく。


「S級冒険者で……失踪中の迷宮捜索人ダンジョンファウンダー。S級鑑定士ジャネットとS級薬師ロマーリオ」


「失踪中でギルドに許可なく物資を持ち帰ることができるのは迷宮捜索人だった彼らのみ。彼らはダンジョンの中で失踪し、ため消息が絶たれていますが……最後に彼らが見つけたダンジョンに……」


【鬼姫薔薇があった】と書かれている。


「そして、ロマーリオは薬師の中でも調剤の能力に長け、回復術師を超える回復薬を調剤することができた人材でした。彼であれば鬼姫薔薇の実で洗脳薬を作ることも美しい香りの香水を作ることも可能でしょう」


 彼らが失踪したダンジョンにあったのは同じ迷宮捜索人のS級戦士たちのもの。これはただの事故か、彼らが起こした謀反か。


——邪魔をするな、同胞


 虐げられてきたものたちが何かを起こそうとしている。

 

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