第29話 S級冒険者失踪(1)
乳搾りを終えて、俺は朝飯の準備を始めていた。リアが卵を拾い集めてくるので今日は卵サンドでも作ろうか。
うちの女どもは肉料理がたいそう好きなのでベーコンも忘れずに。
「お待たせー」
リアが元気よく戻ってくる。あれからリアはずっと空元気で、ちょっと見ていられないくらい痛々しい。
「にゃぁ」
シューがベーコンの匂いにつられて部屋から降りてくる。フィオーネはトマトを収穫しに行っていた。
「ゾーイも頑張っているんだもの。私が代わりに頑張らなきゃね」
「リア……平気か」
「ごめんなさいっ、せっかく鑑定所……合格したのに。でも私、彼女の代わりに牧場の仕事するの楽しいんです」
「リア……?」
「最初は、あんな女居なくなればいい。痛い目見ればいいって思ってました。全部全部あいつのせいだって思ってました」
リアのパンの上に涙が溢れる。
「でも、ゾーイが謝ってくれた時……私思ったんです。あの時、ソルトさんの忠告を聞かなかったのは私だった。私がみんなを死なせたんだって」
「ゾーイは私の足が痛むたびに、ごめんね、ごめんねって言うんです。だから……私を綺麗にして。そしたら許してあげるって言ったんです」
リアはまるで大切な人の話をするように語る。
「おかしいですよね、死んで欲しいって思ってたのに。今は死んでほしくないんです。また一緒にみんなの世話して、勉強したいんです」
俺は立ち上がり、リアの背中をさすった。
「ほんと、はた迷惑な女にゃ、さっさと帰ってきて牛の世話するにゃ」
シューが俺のベーコンまで食べながら憎まれ口を叩く。
ゾーイはあれから3日、昏睡状態である。命の危険はないと診断されたはずなのに一向に目を覚まさない。
鑑定士の俺は祈って、彼女が帰ってくるのを待つしかないのだ。
***
「冒険者が失踪……ですか?」
「ええ、流通部には関係ないんだけれどこれ。気にならない?」
ミーナは探偵にでもなったような表情でリストを俺の机の上に置いた。そして、おれはゾッとする。
「これって……」
「そう、タケルの元パーティーの関係者が多いの。違うのもいるんだけどね」
バツ印がつけられているのは死んだものだ。その中にはこの前ゾーイを攻撃した男、マリカの兄も含まれていた。失踪日はゾーイ襲撃の3日前。そして失踪者は彼が最後である。
その他はダンジョン内で失踪した者や全く関係ない鑑定士等も記されている。
ただ、今回の事件に関係のありそうなものがここ最近失踪しすぎているのだ。
「このバツ印以外の人は?」
「まだ見つかってないわ」
ミーナは「もしかするとね」と言いながら俺にもう1枚の書類を見せてきた。
その書類は報告書、犯人と犯罪行為が記されている。
【ルイ S級魔術師】 【殺人未遂】
こいつはアイラの恋人だった男だ。どうやら数日行方不明になった後ギルド前で女性を殺そうとしたところ、周りにいた冒険者に取り押さえられたらしい。
しかし、その後ギルド警備部が到着する前に「愛するアイラの仇は取った」と言い残しナイフで首を切って自殺。
【マルクル S級戦士】 【暴行】
こいつはマリカの恋人だ。こちらも数日行方不明になった後屠殺場前で警備部の人間に暴行をはたらいた。その後、ルイと同じように死亡。
「まだ行方が分からないのは……?」
「この人よ」
【ガイバー S級戦士】
ガイバーはアイラの兄だ。すでに死んでいる3人よりも前に行方不明になっている。彼は……どこにいるのだろうか。
「私がする一番嫌な……想像は、何者かが彼らを【洗脳】し、ゾーイを殺させた後自殺するように仕向けていることです。そして……」
「それがゾーイの姉だと、言いたいのですか」
あの姫薔薇の香り。
少しツンとした特徴的な香りは摩訶不思議で俺が間違えるはずはない。
「問題は、彼女に人を洗脳する手立てなどないと言うことです。ゾーイの居場所を教え、憎しみを向けることはできても自殺を強要することまではできません」
医師ってのは脳を操って好き勝手できるとかではないしな……。
「なら、お付きの薬師はどうです? 何か錯乱状態にできるような……」
「薬師……ですか。はっ!」
何かを思いついたようにミーナは立ち上がった。椅子が倒れたことも、そのせいでスカートがめくれ上がって下着が丸出しになっていることも御構い無しだ。
「ソルトさん、すぐに病院へ向かいましょう」
嫌な予感がするのかミーナは俺を置いて走りだした。
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