第20話 ドラッグ・スムージー(2)
「ひひっ……ひひっ」
その男は犯罪者でもないのに牢屋に閉じ込めたれていた。唾を垂らし、口と足がだらしなく開いている。体は小刻みに震え目の焦点は合わない。
何か錯乱系の毒を食べた時の症状にも似ているが、これがドラッグスムージーの効果なのだろうか。
ミーナがドラッグスムージーを見せると男は発狂し、檻から出ようと全身を使って体当たりをはじめた。
「彼は、シャーリャが担当していたパーティーの一人で元戦士です。仲間から様子がおかしいと通報があってギルドが向かったところ錯乱状態でした。医者が見たところおそらくこのドラッグスムージーが原因ではないか……と」
ミーナは冷静だが少しその心に怒りを抱えているようだった。
「幻惑魚でこんな風になったのは見たことがありませんね」
幻惑魚と言えば、モンスターに囲まれているのに本人は女の子に囲まれているように錯覚したり、泥団子が最高級の菓子に見えたりする。
これは中毒系?
いや、この戦士の心が弱いゆえに幻想を見ることに依存をしているだけか?
「あんたの方が詳しいんじゃないですか。元、薬師なんだし」
ミーナは眉をヒクリと動かした。触っちゃいけない部分だったか?
ま、いいけど。
「そのせいで私にこの案件が回ってきたのよ。流通部の仕事……ではなく保安部の仕事かとおもったけれど」
ああ、この人も押し付けられたのか。
「魚の香りがしないところを見ると幻惑魚ではなさそうです。可能性があるとすれば……」
ミーナの熱い視線を感じる。年増だが、なんというか色気があって魅力的だ。シューが猫だとすればミーナは女豹。
そんなことはどうでもよくて……。
「幻惑魚に寄生しているキノコを使用した可能性はあります」
***
幻惑魚というのはそもそも幻惑キノコというキノコに寄生されている魚である。まぁその幻惑キノコっていうのがあまりメジャーじゃないし、独立して生息しているのは見つかっていないはずだ。
「では、何者かがその幻惑キノコを切り出して……スムージーに混入させた、ということですね?」
「俺たち鑑定士の中にも幻惑魚がただの宿主であることを知らない人もいます。幻惑魚の口の中や内臓に寄生した小さなキノコを総称でそう呼んでます。俺が見たのは数匹の幻惑魚ですが、その全てが別のキノコを体に宿していました。おそらくですが……」
ミーナはドラッグスムージをまじまじと見つめる。
「幻惑を見せる種類が違うのは魚に寄生しているキノコの種類が違うからではないか……と考えています」
「ではこの依存性については?」
ミーナが檻の中の戦士を見ていった。スムージーに手を伸ばしフシュルフシュルと鼻息が荒い。彼は動物のように羞恥をなくし、言葉すら失っていた。
「それは、推測ですが……キノコ自身の作用かと思います」
「というと?」
「幻惑キノコは魚を宿主とすることで自身が生き抜く環境を手に入れます。つまり、自分を魚に食べてもらう必要があるということ。一度キノコを口にした魚はその遺伝子にキノコへの依存を植えつけられ、その魚から生まれた卵もキノコを食うようになる……。それが続いているから幻惑魚というものができあがったと言われています」
ミーナとシューは檻の中の戦士に哀れみの視線を向ける。
「おそらくではありますが、人間には寄生できないんでしょう。依存だけが残る。体から排出されるとキノコの成分が欲しくてたまらなくなる」
俺はスムージーをミーナから奪うと戦士の男の方へ投げた。スムージは床へこぼれ、男は這いつくばってそれを舐める。
あまりの光景にシューもミーナも黙ったままだ。
「では、このような症状が出るものとでないものがいるのは?」
考えられるのは……
「キノコをそのまま、調理しているからだと考えられます」
ミーナは「胞子……ですね」と結果だけを口にした。普通、幻惑魚に火を通して調理をした場合、キノコの胞子は死ぬ。だからダンジョンで幻惑魚を間違って口にしても、今回のような中毒症状がでないのだ。
「胞子を出しているキノコが混ざっている場合はこういう症状になり、混ざっていない場合は幻覚症状のみ。おそらく酒を飲んで楽しい時間を過ごすためのドリンクと名を売って売ってるんでしょうが、作り手の知識が足りなかったんでしょうね」
ミーナは「そうですか」と言って階段を上がっていく。
この男を救う手立てはもうない。
幻惑キノコの胞子に脳を破壊されてしまっている以上、SS級の回復術師と薬師がどうにか考え出しても完全に回復させるのは難しいだろう。
少なくとも冒険者として復帰することはまずない。
「誰がこのようなものを配っているのか。調査する必要がありますね」
ミーナの赤髪がふわりと逆立った。
お願いだからもうこれ以上巻き込まないでくれ……。
「にゃあ」
シューが俺の肩に乗った。彼女も同じ気持ちのようで小さくため息をついた。
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