第19話 ドラッグ・スムージー(1)

 朝は決まってリアが起こしにくる。俺もシューも寝起きが悪くて始動するまでに30分はグダグダする。


「ほーら! 朝ですよ! 今日は収穫と運搬。それから親父さんのお店にお呼ばれしてるじゃないですかっ」


 気立てよくエプロンをした眼帯の少女が台所でパンを焼き、加工肉と卵を焼いている。いい匂いだ。

 リアのお節介はこんなところで役に立っている。


「沼花の果実の発注が来てましたよ? 結構おっきい酒場です」


 リアが郵便受けから手紙をいくつか漁り、封を開ける。そこにはちまちま届き始めた個別依頼が混ざっているのだ。

 それもこれも、クモイモ事件の店主のおっさんとフウタたちのおかげである。

 あいつらが露店で俺の名前を売ってくれるからこうして仕事にありつけるのだ。


 ギルドなんて必要ないじゃないか。


「じゃあ、タネ抜きをしてから木箱1つ分お前が売ってこい」


 リアは初めての商売に目を輝かせる。一応看板娘をしてたんだ、商売っ気はきっと問題ないだろうという判断である。


「あれ、これギルドからですよ」


 俺とシューがぎくりと肩を震わせる。

 ギルド……嫌な予感しかしない。


「すぐに暖炉にぽいにゃ!」


「暖炉に入れろ! そんなもん見てないぞ!」


 俺とシューが取り上げようとすると、リアは手紙をピリリと開封しまう。


********


S級鑑定士 ソルト様


先日はクモイモの件、大変お世話になりました。

ダンジョンより貴殿が持ち帰った幻惑魚について少々聞きたいことがあります。

最近、巷で有名なドラッグ・スムージーについてです。

シャーリャに声をかけてね。

お茶を用意してお待ちしています。

心より愛を込めて


ギルド 流通部 ミーナ


********


「ですって〜。やだ〜」


 リアは冷やかすようにケタケタと笑って手紙を俺に押し付けた。シューは「また面倒事にゃ」とため息をつく。

 あぁ、また面倒事だ。

 あの時カッコつけて幻惑魚を寄付するんじゃなかった……。


「とりあえずご飯にしましょー!」


 

***


 ミーナは書類の山の隙間から俺に向かって微笑んだ。もうちょっと待ってね。といったのは3回目で、とても忙しそうにしている。

 俺とシューはお茶を飲みながら菓子をつまみ、ちょっとこの執務室にも慣れてきていた。


「ふぅ、お待たせしました。急にごめんなさいね。でも、少し困っているの」


 ミーナは現在冒険者たちの間で【ドラッグ・スムージー】と呼ばれる飲み物が流行していることに危惧しているらしい。

 なんでも飲むだけで数時間、自分が望む理想郷に行けるとかなんとかでかなりの高値で取引されているらしい。


「で、どこで売ってるんです?」


「それが、公には売っていないようで。フーリンたちが調査をしています。ギルドの鑑定所によれば先日貴方が寄付してくださった【幻惑魚】が絡んでいる可能性があると……そこで助言をいただきたく思います」


 正直、俺にはなーんにも関係ない話じゃないか……?ミーナさんよぉ。


「何か、問題がありましたか?」


 首を傾げ、こちらを見つめられると……どうも断りづらい。

 でも、釘は刺しておくべきだ。


「鑑定所にS級鑑定士がいるでしょう? 下手すれば俺より経験豊富な方もいらっしゃるのでは?」


 ミーナは少しだけ眉間にしわを寄せ眉を下げた。


「以前は居たのですが……わけあって鑑定所長と副所長が迷宮捜索ダンジョンファウンドに同行することになってから人手不足で」


 まぁ確かにS級鑑定士ともなれば大概は上級パーティーに所属しているか、商会や貴族なんかに雇われている。

 ギルドの鑑定所で公務員として働いているのは本当に安定を求めている一部の鑑定士だけだ。


「とにかく、ブツを見てみないと……。でもなぜ問題視を?」


「ええ、それはそうですね」


 ミーナの膝の上、シューは寝息が寝息を立て始めた頃だ。シューはこういうえらい人に取り入るのが非常にうまい。あとちょっと羨ましい。


「こちらです!」


 何やら可愛い紙のカップに入ったそれは緑色のドロドロした液体だった。香りはフルーティーで幻惑魚をつかっているとは到底思えなかった。

 シャーリャはお辞儀をすると執務室を出ていく。


「まぁ、こうもドロドロだとなんというか。わからないですね」


「では、こちらへ」


 なんだ?

 どこへ連れていかれる?


「症状が出た患者がいるの」


 ミーナは地下への階段を降りていく。ギルド幹部、流通部のミーナ・シュバイン。元・薬師。

 俺は親父から聞き出した情報を頭の中で復唱しながら彼女の後を追った。

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