第21話 ドラッグ・スムージー(3)

「なんで私なんですかぁ!」


 半べそでギルド内、ミーナの執務室に連れてこられたのはフィオーネ・クランベルトだ。ちょっと派手な服を着て夜の街を歩いてもらっている。俺はよくいる鑑定士が着ていそうなローブを見にまとい、リアは魔導師風の格好。そしてシューはリアに抱っこされていた。


「もっと偉そうにしてくださいよっ」


 ほら、もっと踏ん反り返って!

 リアの指導のもと、フィオーネは女戦士風に歩き出した。俺はわざとみんなの荷物を持って後ろをよたよたと歩く。

 もっと罵ってくれ……!


「ちょっと! 鑑定士おそいじゃないかあー」


 ひどい棒読みだ。

 リアが白目を向くほどの。


 ここら辺はギルドより少し離れた場所で歓楽街と言えばいいだろうか?

 大衆居酒屋やおしゃれな酒場、女の子がいるお店やそういうことをするための宿屋や風呂屋がある。

 若い冒険者が幅を利かせているが、一般人も多く出入りしている。その分悪い商売をする輩もいるのだ。


「お兄さん、お兄さん。どっかでいい気持ちになれるところなあい?」


 見かねたリアが戦士たちに声をかける。


「おっ、どっかで見たこと……?」


「まっさかぁ、初めてよ」


 色気を出してるつもりだろうが出てないし、定食屋の看板娘だってバレかかってるぞ……。


「いい気分になれる飲みもんを探しているんだ」


 あー! こういうのはストレートに聞くもんじゃないんだよ……バカ戦士め。

 あれ? なんかヒソヒソしてる。

 俺だけ置いてけぼりのままリアとフィオーネは戦士たちに別れを告げた。そして俺に向かって親指を立てる。

 なんか……聞き出せたみたいだ。


***


 暗がりの多い店だ。

 いやらしいピンク色や紫色の間接照明が部屋の中を照らし、演奏されている音楽もどこか怪しげに感じた。

 その店の奥へと案内された俺たちにフードを被った何者かが近づいてくる。

 相手は一人、こちらは四人。


「お嬢ちゃん、あれが欲しいって?」


 フィオーネは不自然に頷く。バレるので話すなと伝えたから。


「ふん、鑑定士あいてにゃ口もきかねぇってか戦士様は」


——鑑定士?


「飲みなっ」


 渡された木のスキットル。中はおそらくドラッグ・スムージーだ。


「私にはくれないの?」


「お嬢ちゃんは魔術師かい?」


 リアは得意げな表情で腰に手を当てた。相手の男はスキットルをリアに手渡す。

 そして……


「同胞、お疲れさん。楽しめよ」


 すれ違いざまに男は俺の肩をぽんぽんと叩いた。暗くて顔は見えなかったが男の首元には大きな傷、そして異国のものと思われる指輪が親指にはめられていた。


「ソルトさん! ドラッグ・スムージーです!」


 リアが金切り声をあげ、俺は男の首根っこをひっつかんだ。男はぐえっと声をあげ、店内は騒然となる。


「いっちょあがり〜! フィオーネ! ミーナさんを呼んで」


「はいっ!」


 男はびくりとも動かない。俺は鑑定士の中でもかなり腕が立つ方だ。万能型でB級の戦士や魔術師にだって勝てる自信があるくらいだ。


——同胞、余計なことすんじゃあねぇよ


 男の笑い声と同時に店内の照明が消えた。ガシャンと誰かが物を落とし悲鳴が上がると一瞬にして店内はパニックに包まれる。

 戦士たちが我先にと入り口めがけて走り出し、俺たちもそれに巻き込まれてしまう。


「おい、邪魔だぞ!」


 やけにでかい足に蹴っ飛ばされて俺とリアは男を抑えていられなくなった。

 くそっ!


 体制を崩したせいで踏みつけられ、転がる。立ち上がりたくても真っ暗で見えない。なんとか手を伸ばすと柔らかい感触。手に収まる桃ほどの大きさで暖かい……これは?

 

「きゃあ! 誰ですかっやめてくださいっ! えっち!」


 リアの悲鳴が聞こえて俺は瞬時に手を離す。暖かくて柔らかい感触がまだ手に残っている。

 あいつ、意外と……


 黙ってよう。絶対黙ってよう。


***


「S級鑑定士ともあろうものがみすみす逃したのですか!」


 組んだ腕に大きな胸が乗っかって大変セクシーなミーナは路上で正座させられている俺たちを叱りつけた。

 暗転した時にウェイターとぶつかってサラダまみれになったフィオーネ。

 ローブが長くて裾を自ら踏んで転び、おでこに大きなたんこぶを作ったリア。

 B級戦士ほどの腕力がありながら、自称【鑑定士】にやすやすと逃げられた俺。


「すいませんでした!!」


 俺が捕まえたやつと、その他に仲間が居たんだ。きっと俺たちのすぐそばに居た。もしかしたら店員に化けて居たかもしれないし、戦士に化けて居たかもしれない。

 何より本当に彼らが【鑑定士】だとすれば……


「ミーナさん、お話があります」


「私もあなたにお話があるわ」


 ミーナがにっこりと微笑んだ。

 女の一番怖い顔だ。


 その後、俺たちはこってりと絞られた。どうやら鑑定士を名乗るものが売っているらしい。そのことは伏せて注意喚起されることとなった。

 鑑定士がらみの嫌な事件だとすれば、これ以上巻き込まれたくない。

 さっさと手を引いて、ゆっくりのんびりしようじゃないか。

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