第14話 毒イモ(2)


「なんなのよ! まーたアンタ?」


 元俺たちの受付嬢……いや、最強戦士の女ことゾーイは会議室で幹部たちに囲まれていた。鑑定士のいないパーティーは採集物をギルドの鑑定所に通してから出なければ売ってはならないと強くルール付けられている。


「おいおい、タケルくんはどうしたよ」


「最強の鑑定士を探すって……旅に出ちゃって。もうこの街にはいないわよ」


 ゾーイは口を尖らせた。

 まぁ、タケルはこのバカ女に騙されただけで色ボケであること以外は問題ないし俺が恨む義理もない。

 むしろ、仲間を失ってあたらめて鑑定士の大切さに……って。

 あぁ、絶対に俺の所にはこないでくれ。頼むから。


「あら、ゾーイ。ソルトさんと何かあったのかしら」


 ひぃっっ!

 ゾーイが身を縮こめてブルブルと震えた。凄みのある声でゾーイを脅したのはダンジョン案内部・婦長のフーリンさんである。


「ちょっとした行き違いでね」


 俺の言葉にゾーイが震え上がる。


「ゾーイさんは大切な恋人をかばうために……俺を売ったんですから」


「まあ、いいです。そのおかげで引退して今回の事件に気がつけたんですし、ゾーイさんには感謝ですよ」


 嫌味たっぷりに文句を言うことしかできなかった。


「コホン、ソルトさん。その話はあとでゆっくりと聞かせてくださいね。まずは今回の件について、言い訳はありますか」


***


「アイザックに頼まれたの。だって見た目はイモイモだったし、それにアイザックたちは一流の冒険者よ?」


 フーリンは名簿を見ながら「アイザック」という冒険者がいるパーティーの冒険者カードの控えを机の上に置いた。


【アイザック S級戦士】 

【ミオ・キラ A級回復術師】

【マオライ A級術師】

【ディゾール S級戦士】


「鑑定士を雇わずに採集へ行くパーティーではありませんね」


 フーリンがゾーイを睨んだ。ゾーイは震えながら言い返す。


「マオライさんが植物には詳しくて、鑑定士は必要ないからって。そもそも、このパーティーはあのダンジョンに虹色の水魚を採集に行ったんです。鑑定士なんていなくてもいいでしょう」


 呆れてものが言えません。とフーリンが言った。すると、ミーナ以外の幹部たちは「あとは頼むぞ」と行って会議室を出て行ってしまった。

 話が長くなりそうなのを察したシューもフィオーネの膝の上で丸くなっている。


「ソルトさん、クモイモは植物に詳しい程度で見分けはつきますか?」


 フーリンは俺に話題を振る。

 正直、もう関わりたくない。やめてくれ。


「いえ、クモイモはダンジョンが冒険者を狩るために自生された罠のようなものです。その見た目はイモイモにそっくりで、腹をすかせた冒険者が見つけやすいように顔を出しているんです。一つ掘れば……おそらく5ケース分ほどは見つかるはずです」


 ゾーイは俯いた。多分、パーティーが持ち帰った量が5ケースくらいだったんだろう。


「なぜ、他の採集物は鑑定所へ送ったのにイモは送らなかったのですか」


「だって……」


「だって、早く、帰りたかったから」


 パシンと乾いた音がなって、ゾーイは頬を抑えた。フーリンの平手が何度かゾーイの顔を叩く。ゾーイは泣きながら「ごめんなさい」と謝っていたが、フーリンは手をとめない。

 頰がリスのように腫れ上がるほどゾーイは平手打ちを食らった。


***


「そうでしたか。ブラックリストから取りさげさせていただきますよ。それに冒険者にも復帰できるよう私がなんとかしましょう」


 なんだか嬉しそうなシャーリャを横目に俺はフーリンの申し出を断った。ブラックリストに載ってれば変なパーティーから依頼が届くこともないし、商人たちからの鑑定依頼が俺に来ることはないだろう。

 何より、引退後の生活のために大金を払ったのだから疑惑が晴れたからって元の冒険者生活に引き返すことはしたくないのだ。


「そう……あなたは優秀だし惜しい人材だわ」


「ははは〜」


 愛想笑いをして軽くお辞儀をする。

 俺としてはあのゾーイがパンパンに顔を腫らして半年のトイレ掃除と豚の世話をする部署に配属されてスッキリしている。

 かっこいい戦士とは程遠い、豚のクソまみれになるような仕事だ。

 そこでちょっとは鑑定士とそれからキラキラした職業のありがたさに気がついてくれればいい。


「その代わりといっちゃ難だけど……」


 フーリンは首をかしげる。


「そのイモイモ焼きのおっさんの商売権。取り消さないでやってくれるかな?」


 へ? とおっさんが口を開けた。

 知らなかったとは言え鑑定所公認の卸し以外でイモを購入した罪は重い。死者は出なかったものの重傷者は出たし、何よりよく考えずに売ってしまったのだ。


「まぁ、今回のことはギルドの失態ですから構いませんが……なぜ?」


 俺は答えずに会議室を出た。

 ギルドは流れてしまったクモイモの回収でてんやわんやだ。ギルドに所属する鑑定士たちがこれでもかとイモの選別に駆り出され、仕分けをしている。


「にゃあ」


 シューがあくびをしてから俺の肩に飛び乗った。フィオーネは「帰りましょう」と口パクをする。

 イモの鑑定を頼まれる前に俺たちはギルドを後にした。

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