第7話 冒険者引退(3)


「どういうこと……だ?」


「あの受付嬢がぽろっとこぼしたのにゃ」


 シューと受付嬢が2人になったのは……そうか。フリーパスを発行してもらった時だ。あの時俺はこのフィオーネに引っ張られていてギルドのカウンターまではたどり着けなかった。


「サキュバスの血統だけで成り上がった成金家系」


 シューの言葉にフィオーネは顔を真っ赤にして憤怒した。目は釣り上がり金色の髪が逆立っている。見るからに人間のそれではない。


「店で争いごとはするもんじゃねぇ!」


——ゴッチン!


 火を吹くほど目の奥に熱を感じた瞬間、頭頂部をまるで鈍器で殴られたかのような衝撃が襲った。俺の目の前には光が散り、あっけにとられているフィオーネ嬢はすっかり元の姿に戻っていた。


***


「戦士なのに殺すのが嫌……ねぇ」


 親父もシューも、そして大きなたんこぶができた俺も首をひねった。フィオーネは戦士という天職を持ちながらもどうしても最後の一振りができない。

 モンスターの目を見るたび、どうしてもトドメが刺せないそうだ。


「ですから……どこのパーティーも追放。向いてなかったんです。私……」


「悪いが、俺はもう冒険者を引退した。これからは買った土地で農業でもやってのんびりほっこり暮らすって決めたんだ」


 フィオーネは俯いた。

 そうだ、そうだ。このまま諦めてくれ。

 俺たちののんびりスローライフにこういう正義感まっしぐらな女な必要ない。できるだけトラブルから遠ざかってのんびり暮らしたいんだ。


「まぁ、ギルドで探してればいつかいいパーティーが見つかるさ」


 ぽんぽんとフィオーネの肩を叩いてやり、俺は彼女を店の外へと促した。


「お騒がせしました」


 フィオーナはしおらしく頭を下げて、それからギルドの方へと帰っていった。

 はあ、全く散々だぜ。


「あー、ほんと疲れたにゃ」


「喧嘩はやめてくれよ、喧嘩は」


 暴力親父はタバコに火をつけながら言った。ふざけんなっての。


「ソルト、明日は沼をどうにかするんにゃ?」


「そう、ちっとガキどもに力借りて大掛かりな水抜き作業をする。そんで、こいつを使って綺麗な仮池を作るんだ」


 そう、まずは沼化している畑の水を全部抜いてやる。貧民街から金で人を雇って大人数で水を掬う。沼の底をさらって沼花のタネを回収した後は新しい土を沼だった場所に広げるのだ。

 1エーケ分の土といえば膨大な量になるが、それは少しずつなんとかしよう。


「仮池?」


 シューは不思議そうな顔でチーズをつまむ。


「そう、沼花は湿地帯の綺麗な水の上でしか自生できない植物だから水路から水を引っ張ってやって綺麗な水の上に蒔いてやるんだ。タネは噴水みたいに水を噴いて綺麗だぞ〜」


 俺が話し終わる頃にはシューも親父もとっくに2階に上がってしまったようだった。

 

——サキュバス……か


 少しばかり、フィオーネが気になっていた。

 彼女が魅力的だったからとかそういうよこしまな理由じゃなくて。

 あれは俺と同じ目だった。


「お前なんていらねぇんだよ! だまってキノコでも探してろ!」


 タケルと出会うずっと前、俺がまだB級の鑑定士だった頃。足手まといで料理も下手で。収穫物を運ぶくらいしか価値のなかった頃。それは俺が人生の中で一番絶望していた時期だ。

 自分に価値がないことをまざまざと見せつけられるあの経験を、天職という鎖に縛られている屈辱と……がんじがらめになってもう死んでしまいたいと考えたこともあった。

 冒険者の中で一番の雑魚である鑑定士……


——やっぱり、冒険者にはもうなりたくないな


 俺はフィオーネへの気持ちをしまい込んで、もう一度明日の段取りについて考えることにした。

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