第5話 冒険者引退(1)

 街灯がつき始めたギルドまでの通りを俺とシューは走っていた。猫の姿のシューは俺よりも一足早くギルドの建物への道を曲がる。


「不当な権利侵害を許すなー!」


 ギルドの入り口に座り込みながら大声を上げる女の手には……


——茶色の短髪にアメジストの瞳、左耳に大きなリングピアス


 不思議な容姿の男性の絵が描かれた看板プラカードが握られている。


「あれって」


「ソルトの顔だにゃ」


 シューが俺以外の誰にも聞こえないように呟いた。器用に俺の肩に掴まっている。ちょっとこそばゆいがこの方が目立たず話すことができる。


「お嬢さん、迷惑ですよ」


 俺は思わず茂みに姿を隠す。例の受付嬢が入り口から出てきて女に声をかけたのだ。シューの読みじゃ、あの受付嬢が諸悪の根源である。


「何を言っているんですか! 私は見ていたんです! あれは完全に追放でした。ソルトさんは不当に追放された挙句、ブラックリストに入れられるなんておかしいです!」


 ぎゃんぎゃんと喚く女の声が広場中にこだまする。多くの冒険者が立ち止まり、ざわざわと噂話をしている。


「あなたですよね! 新人の鑑定士なのに最上級ダンジョンへ行かせるなんて! 受付嬢失格です! それとも! なにか! ソルトさんやあの新人の子……ああ! 鑑定士を差別しているんですね!!」


 うわー……。なんかめんどくさそうな展開になってきた。


「鑑定士が特にダンジョンで先頭に立てないからって……受付嬢であるあなたが差別したんですか! こんなの不当だ! おかしい! 鑑定士だって好きで鑑定士になってるわけじゃないんです!」


 お前が一番失礼だよ!

 と言ってやりたいのをなんとか抑えて、俺は騒ぐ女の元へと向かった。


 近づいてみると女は戦士風の鎧を見にまとっている。どこか不自然なのは鎧がピカピカで肌に傷が一つもないからだろう。

 俺を見つけたあの受付嬢がこれ見よがしに嫌な顔をする。


「やあ、昨日ぶりかな」


 思いっきり嫌味を言ってやると受付嬢は「お仲間ですか」と冷たく言い放った。俺は首を横に振る。


「悪いが迷惑なんだ。やめてくれるかな」


 受付嬢をぶん殴りたい気持ちを抑えながらプラカードを女から取り上げて優しく言った。見たことのない子だ。ヒステリーに叫んでいなければ美人、体も締まってるし腕もそこそこありそうな女戦士だ。


「で、でも……」


「冒険者は引退したんだ。今後はマイペースにダンジョンへ潜りながら生きていくことになった。鑑定士としてどこかのパーティーに雇われることもないし、もうギルドから依頼をうけることはないだろう」


 受付嬢が腕を組んで偉そうに顎をあげる。


「いいですか、次迷惑行為をしたら貴女もブラックリスト入りですからね、フィオーネ・クランベルト様」


 お前が悪いんだろうが!

 と突っ込みたくなる気持ちを抑えて、俺は受付嬢に冒険者カードを渡す。


「えっ……」


 彼女は突然のことにかなり動揺した様子でカードを手に取ると「なんですか」と小さな声で言った。


「ダンジョンフリーパス。冒険者を引退した人間が自分の希望するダンジョンに入ることができようになるカード。知ってるだろ。引退した冒険者はみんな持ってる。ブラックリストだとしても入る分には問題ないからな」


 受付嬢は片目をヒクつかせながら俺のカードを受け取ると「どうぞ」と俺たちを中へと招き入れた。


「やっぱりダメです!」


 俺は腕をぐいっとひっぱられてバランスを崩す。ものすごい力でフィオーネが俺をギルドから出そうとしている。


「私を! あなたのパーティーに入れて欲しかったんです!」


「やめないで! おねがい!」


「ひぃっ!!」


 上級モンスターもびっくりの馬鹿力に変な声が出て俺はすっ転んだ。周りにいいた冒険者たちがくすくすと笑い、いつの間にか避難していたシューがダンジョンフリーパスを咥えて戻ってきた。


「だめぇぇ!!!」


 フィオーネ嬢の悲鳴がギルドから街へと響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る