第4話 スローライフを目指して(3)
貧民街に入り込みさらに路地裏へ進む。まるで目的地でもあるようにシューは足を運ぶ。彼女の美しさに貧民街の人間どもが声をかける。
「ソルトはお高くとまりすぎにゃ」
ボロボロの看板を指差してシューは言った。
——土地、売ります
「そうか……ここは」
「いらっしゃい、あら。ここには見合わないお嬢さんだこと」
婆さんが俺たちを店の中に招き入れた。すきま風が吹き雨漏りをしている店内にはいくつかの古い紹介状が貼られていた。
「ここはねぇ、領地紹介どもが買い取らないような領地を買い取ってるのさ。売れもしないような死んだ土地をね」
噂の鑑定士さんかい。と婆さんに言われ改めてギルドの恐ろしさを知る。本当はどこかの上級者パーティーが雇ってくれるかもだなんて思っていたがそんな夢は儚く消えてしまったようだ。
「でも、ここは貧民街。相手がどんな野郎でも金をくれりゃそれでいい」
【面積1エーケ 農場小屋付き 10万ペクス ※説明事項あり】
俺は一枚の紹介状を壁からはがしてカウンターに置いた。
婆さんはそれを覗き込んでニヤリと笑う。
「あんた、農業がやりたいのかい」
「俺にできる商売っていればそんなとこだからさ」
「場所はね、ここから馬車を使ってちょっとのとこさ。東へね」
——東……か。
俺はなんとなくこの説明事項ってのがわかった気がした。東の方はもともとたくさんの畑が広がる農村地だったが5年ほど前からかヘドロがたまる沼地に変わってしまった。
あの頃の俺はダンジョン探検に明け暮れていてよく覚えていないが、多くの失業者が出て大変だったのはなんとなく記憶にある。
「畑の部分が沼地になっているんだよ。まぁ小屋も古くなっているし修繕が必要じゃろうねぇ」
条件悪いにしても1エーケでこの値段はかなり安いはずだ。それに、今後ギルドに嫌がらせをされる可能性を考えれば……
「買いますにゃっ!!」
おいっ! 俺の見せ場を奪うなっての。
「ひひひ、交渉成立じゃね。じゃ、紹介状と登記簿じゃ。ひょひょいとサインして金を置いて行っておくれ」
***
街の東へと馬車を走らせ、紹介状に書かれた場所にたどりついた俺とシューは匂いの酷さに顔を歪めた。
臭い、臭すぎる。
屋根がない掘っ建て小屋と、ヘドロが溜まったような沼地。ポコポコと謎の気泡が音を立てている。
ここが畑だったのだろうか……あまりにも正反対の光景に口が開いてしまう。
「ソルト……臭くて倒れそうにゃ」
シューがふにゃりと俺に寄りかかる。女の子に寄りかかってもらうのは嬉しいが、今は猫の姿にしてほしい……重い。
俺はシューをなんとか立たせて沼のほとりにしゃがみ込んだ。そっとヘドロを掌に掬い、すりつぶしたり伸ばしたりして観察する。
毒性のヘドロではないようだ。
「毒は……ないようだな」
「それにこれは魔物が原因でもなさそうだ」
「この匂いとくれば……原因はわかる」
——
ダンジョンの湿地帯に生息する花の一種で美しい桃色の果実を実らせる植物だ。その果実はとても美味で人気がある。ただ、問題はタネであった。
その水と畑の土が混ざりヘドロとなったのだ。
「今でも芽を出そうと……この沼の底にタネがあるはずなんだが……」
お断り! とばかりにシューが首を振った。
「人手が必要だ。とりあえず今日は戻るか」
***
「お前さんはモテるようになったなぁ、俺ァ鼻が高いぜ」
親父が客のいない店で酒をあおりながら言った。
「はぁ? 何言ってんだ親父」
そうにゃ、そうにゃとシューも俺に同意する。きょとんとする親父。
「じゃあ、ギルド前でお前さんの
ナニモンだ? じゃねぇよ!!
俺こそ聞きたいよ!
俺とシューは顔を見合わせる。
——嘘だとわかっていても1人の鑑定士のために正義感を振りかざしたりしないにゃ
「俺のためにバカ正直な奴が正義感振りかざしてる……?」
「かもにゃ」
もしもそれが本当であれば大問題中の大問題だ。これ以上ギルドに目をつけられるようになればこの街やその付近では商売すら難しくなるだろう。
俺はシューと2人、急いでギルドへ向かった。
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