第3話 スローライフを目指して(2)


「親父は知ってたの?!」


 あったりまえよ! とフライパンで何やら料理を作りながら豪快に笑った。カウンターにはふてくされた表情の女……シューだと言い張っている猫耳の女が座っている。スレンダーな四肢を伸ばし、すんすんと鼻を鳴らす。綺麗な黒髪は艶めいていて猫の姿の時を思い起こさせた。


「大体、S級魔物の私が人型じゃないわけないでしょう? ぼんくら」


 ぼんくらって呼ばないでくれ。傷つくから。


「今までずっと猫だったろ? その姿になってたらあのパーティーに残れたかもしんないぞ?」


 俺の好みではあるが、あのパーティーにいる誰よりも可愛い。魔物だということを除けばかなりの上玉である。


年中盛さかってるような筋肉バカのパーティーに……ってか今頃あいつら、のたれ死んでるにゃ」


 いつの間にか取り出したタバコを吸いながら、シューは乾いた笑いを浮かべる。

 それもそうだな。

 あいつらが向かったのは最上級ダンジョンだ。自生している植物のほとんどは毒抜きが必要だし、それらはかなり巧妙に毒を隠している。

 例えば、普通のりんごに見えるような果実でも人間の唾液と交わると毒素が発生するようになっているものがある。

 それを食べてしまえば数分で神経へと毒が作用し錯乱に至る。

 いわずもがな……最上級ダンジョンで錯乱してしまえば数々のトラップや屈強なモンスターたちに八つ裂きにされるだろう。


「まあ、いい気味じゃない?使えないバカ女共とバカ戦士の厄介払いも勝手にできたわけだし。これからはのんびりすごすぞ〜だにゃ」


 にゃーんと言いながら背伸びをして、シューは耳をプルプルと震わせた。まあ確かに彼女の言う通りだ。


「そうだなぁ〜。のんびり上手いもん食いながらゴロゴロしたいなぁ」


「それは賛成にゃ」


「お待ちどうさん、穀潰しども」


 バンと勢いよく目の前に置かれたまかない飯は香ばしく焼かれた鳥を切って、炊いた米の上に乗せただけのものだがこれが最高である。


「親父さん! みるく!」


 シューの注文に「はいよ」と答えた親父、女にはとことん甘い。


「今日は土地を買いに行くけど、お前も来るか? ここで留守番でもいいけど」


 ガツガツと口に詰め込んだ飯を咀嚼して飲み込み、それを繰り返す。喉が詰まれば水を流し込んで二日酔いを忘れるように胃を満たしていく。


「私も行く」



***


「申し訳ございませんが、ソルト様はギルドよりブラックリスト入りしておりますのでお売りすることができません」


 日当たり良好な経営者のいない牧場を買おうと思ったのに、領地紹介の男は俺に頭を下げている。


「ブラックリストぉ?」


「え、ええ……。なんでもパーティーでの仕事を途中放棄し、多大なる損害を与えたことが報告されています。タケル様のパーティーは壊滅、タケル様も半死の状態で発見された……とか」


 おいおいおいおい!

 俺はあのギルドで追放された。

 それを受付嬢もまわりの冒険者たちも見ていたはずだ。


「俺はあいつの意思で追放されたんだ。俺の代わりにリアとかいう新しい鑑定士が入るからってな」


「それはあなたの意見でしょう?そもそも、ギルド側が発表したことですし……私共には何も」


——ありがとうございました。


「またお越しください……とは言わないのな」


 領地紹介屋を後にしながら俺は歩みを進めた。


「簡単な話にゃ」


 林檎をかじりながらシューが言った。


「あの受付嬢、タケルとデキてるにゃ」


「それに、他の冒険者たちはタケルにかなわないにゃ。嘘だとわかっていても1人の鑑定士のために正義感を振りかざしたりしないにゃ」


 シューの言う通りだ。よく考えてみれば全部おかしい。一方的な追放で、しかも最強パーティーにそぐわない者の加入を担当受付嬢が見逃した。

 もしも、あの受付嬢がタケルとデキていたら? 邪魔になる他の女たちを窮地に陥れるにはもってこいの状態だったんだ。

 そして、見事タケルのパーティーは壊滅。もともと最強であったタケルだけなんとか生き残り……彼が追放したという証拠を消して罪を全部俺になすりつける。


「いい土地買えないとなると俺のスローライフがぁ」


「悪には悪を……にゃ」


 シューがにやりと笑う。俺の前を軽快に走って、彼女は貧民街に入って行った。

 

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