第31話 まったくわからん

「……はっ」

「はっ?」

「着いたのか」

「着きましたねぇ」

 なんだか一瞬夢を見ていたような気もするが、そんなことより今は……砂っぽい地面。涼しげにゆらゆら揺れる視界。差し込む光。なんか周囲に見える泡。

「ここ……水中じゃないか?」

「水中ですねぇ」

「普通に息も会話もできてるのどういうことだ……」

「終末なので何でもありですよ」

「週末?」

「何曜日でしたかねぇ。そろそろ金曜日かもしれませんねぇ。僕たち地味に何日も歩いてますからね」

「そうだったのか」

 全然そんな気がしなかった。しかし、言われてみればそんな気もしてくる。

 旅の目的は、安心できる場所を探すこと。樹海や谷は散々だったが、この海は果たして安心できる場所になるのだろうか。

「おお、あっちに船が見えますよ」

「船?」

「ヒトを載せる役目を終え、沈まされた船ですねぇ。生物の住処にする、みたいなね」

「そういうのがあるのか」

「あるらしいですよ。お節介なことですねぇ」

「住処を作ってくれるなら俺はありがたいけどな」

「僕は嫌ですけどねぇ」

「え、なんでだ」

「だって、嫌でしょう。どこの誰とも知らぬ他人が善意で用意した家に住むなんて。気持ち悪くありません?」

「お前……意外と潔癖だったんだな」

「意外とは余計ですよ、それに僕は潔癖じゃありません」

「じゃあ何なんだ」

「まあ、善意の押しつけが嫌ってだけの話ですよ」

「そんなもんかねえ」

「そんなものですよ、きつねってものは」

「そうか」

 きつねだからと言われるとなぜか納得してしまう。プライド高くて自由こそを好くみたいなイメージあるもんな、きつねって。

 その間にも歩みを進めていたので、目の前に船が見えてくる。

「ほらほら、その船ですよ船。船ってロマンありません?」

「ロマン?」

「船、もとい海って色々と物語がありそうじゃないですか? 怪物とか財宝とか竜宮城とか。まああれはただの伝説ですけど」

「物語か。うーん、確かにゲームとかだと海のダンジョンは必ずあるし、海を渡るシーンとかもあるな……」

「君はゲームが好きですねぇ……」

 ちょっと呆れた風に、きつね。

「いいだろ、ゲーム。ゲームしてれば何も考えずに済むし」

「ああ、そういう……」

 きつねは目を細めた。

「まあ君の闇はともかく、実際の船を見て楽しみましょうよ。結構大きいみたいですし」

「……本当だな」

 首をうんと巡らせても先が見えないほどだ。窓とか少ないし、貨物船? とかだったのだろうか。生憎と船には詳しくないのでわからないが。

「わーすごい海藻」

 きつねが船体を嬉しそうにつつく。

「ほんとだな」

 船の表面には緑色の海藻らしき物がたくさんついており、きつねが触る度にふわふわと揺れる。

「でも魚……いませんね」

 船体を覗き込み、きつね。

 言われてみれば、ここに来るまでに一匹も魚を見ていない。

「たまたまいなかっただけなんじゃないのか」

「いやいるでしょ普通こういうとこには。そうじゃなきゃ船なんて沈めませんって」

「そうなのか」

「そうですよ」

「そういう、魚がいないというのは、もしや」

「そうですよ、侵食が進んでいる」

「あー……」

 海の中まで無が来ているとは。

「魚がいたら二人で水族館デートみたいな気分が味わえたんですけどねぇ……」

「でっ……、デートってお前」

「したくないですか、僕とデート」

「したいとかしたくないとかそういう問題じゃ、というか、今だって二人きりだしデートしてるようなものだろ」

「あら」

 きつねが口元を覆う。

「君、そんなこと思ってたんですか? すけべ」

「何がすけべだ何が! デートって言ったのはお前の方だろ!」

「あらあらうふふ……」

「笑うなよ!」

「あーかわいい。たぬきくんかわいいですねぇ」

 うふふふふと笑うきつね。畜生、バカにされっぱなしかよ。

「年下をからかって遊ぶとか大人げないぞ……」

「きつねはいつまでも子供の心を持つのです」

 胸を張るきつね。だからなんでそこでドヤ顔するんだよ。

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