第30話 ほら、だれもいない

 ……思い出す。

 昔のこと。

 ■が■■■だった頃。

 里に■■■の旅獣が来た。

 里でよそ者は歓迎されない。旅獣は最低限のもてなしをされはしたが、住民たちには近づかないよう言い渡され、好奇心旺盛な幼獣たちも遠巻きに眺めるだけ。

 幼い頃から里で排斥されていた■は同じく排斥される旅獣に親しみを感じた、のかどうかはわからないが、幼獣たちの輪から離れて旅獣に近付いた。

 旅獣はいつも、里の中央にある大きな木の下で楽器を弾いていた。

「お兄さん、暇なの?」

「暇ってわけじゃないけど……旅獣だね」

「旅獣ってグタイテキには何をするの?」

「具体的って君、難しい言葉使うね」

 旅獣は楽器を下ろし、■を見た。

「具体的にはかぁ。難しいな」

「旅をするから旅獣なの?」

「そうだよ、あちこち旅をするんだ」

「旅の話とかせがんだ方がいい?」

「君は変わった子供だなぁ」

 旅獣は笑う。

「聞きたくないなら聞かなくてもいいけど、聞きたいなら話すよ」

「……」

「ふふ」

 旅獣は笑う。

「歌を作ってるんだ。旅して回ってね。最近じゃあ全く作っていないけど」

 そこでふ、と遠い目をする旅獣。

「聴いてくれるかい」

 聴かない理由もなかったので、■は頷く。幼獣には時間はいくらでもある。

「じゃあ」

 旅獣は楽器を持ち、じゃらん、と鳴らす。

 歌が始まる。

 色々な国を巡った歌。色々な出来事が歌われた歌。王子、勇者、姫に剣士に詩人。

 そよぐ風が■の化けたヒト型の髪を揺らすことさえ気にならないくらい、その歌は魅力的だった。

 長い旅を終え真実の愛を得た勇者は姫と結ばれ国は消滅を免れる。ハッピーエンド。

 歌が終わる。旅獣が楽器を置く。

「……どうだった?」

「……よかった、です」

「それは嬉しいな。きっともう、歌うこともない歌だから」

「……え?」

「きっとね、真実の愛、なんて存在しなかったんだ。そう言ったら君みたいな子供は幻滅するかな……」

「……」

「君はでも、知っているんだろうね。妙に大人びているから……」

「……」

「でもまあ、これで僕の役目も終わりだ。次は……いや」

 旅獣はそこで一つ息をつく。

「君はきっと旅に出るだろう。長い旅に」

「旅?」

「そう……旅。僕が見つけられなかったものを君は見つけるのかな……わからない。でも……祈っているよ、僕は……」

 最後の言葉は聞き取れなかった。旅人は風にとけるようにして消えてしまったからだ。

「……」

 ■は一つ瞬きをすると、遠くで見ていた幼獣たちの輪にまた戻っていった。幼獣たちがさあっと■を避ける。

 まあ、いつものことだ。

 旅なんて。

 この里は閉鎖的だ。■■■が旅など、許されるわけがない。人間でも化かすのであればまた別だが。

 ため息をついて、■は歩き出した。

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