第3話 うざったいきつね

「はいはーいそこのたぬきくん。僕を見ましたね? 見ましたね? 見てないとは言わせない、僕のことわかります?」

「……」

 人影が何者か把握するより先に話しかけてきた人影は、

「たーぬーきーくーん!」

 大層うざかった。

 とにもかくにも見える距離まで近づく。ヒトの姿。揺れる髪は金糸。

「ヒト……?」

「ぶぶー。きつねです、き・つ・ね。そんなこともわからないなんてあなたほんとにたぬきですか?」

「うるさい、いいだろわからなくても。俺きつねのことなんか知らないし。だいたいたぬきの里になんできつねなんかがいるんだ」

「……元・たぬきの里、でしょ。ここはもう無なんですよ。無に何がいようがどうでもいいでしょ。したがって、無にきつねがいてもいい。当然ですよ」

「ええと……?」

 自信満々に言い切るきつねに俺はだんだん自信をなくしてきた。自信満々な相手を見ると自分の自信がなくなってくるのは俺の悪い癖だ。

「ええと、無にきつねがいてもいいって?」

「そうですよ」

「うむ……」

 俺は黙り込む。沈黙が落ちた。

「……それでたぬきくん、無となったこの場所にあなたどうして今頃現れたんです?」

 色々わからなくなってきたところだったので、話題転換はありがたい。

「ヒト社会が大変なことになったからだ」

「ヒト社会にいたんですねぇ。化けて暮らしてたんですか?」

「そうだが」

「えらーい! ヒトを化かしてたんですね! このご時世にわざわざそんなことするなんて、たぬきの中のたぬき、エリートたぬきですね! ……時代遅れとも言うけど」

「……」

「あ、怒った?」

「知らん」

「悪かった悪かった。謝りますから許して、ごめりんこ!」

 こいつ。

「で、たぬきくん。ここは無ですけど、あなたこれからどうするんです?」

「どうするって」

「行くとこないでしょう」

「行くとこ、探す」

「探すぅ? 見つかるんですか?」

「見つかるかどうかじゃない、見つけるんだよ」

「ははあ……」

「もう行く」

「ははあ」

 ここにいても仕方がない。どこか新たな、落ち着ける場所を見つけなければ。

 俺はきつねに背を向け、歩き出した。

「……なんでついてくるんだ」

「おもしろそうだから?」

「なんで疑問形なんだよ」

「まあまあいいでしょう、昔出会った旅の神父も言ってましたよ、旅は道連れ世は情け。仲間は多い方がいいでしょう」

「う……む……」

 否定はしきれない。そもそも長くなりそうなこの旅に、俺が一人で耐えられるかどうかという問題はまあある。

「ね!」

「……むむ……、わかった」

 そうして旅は始まった。

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