page33:正午のオムライス
それは鮮やかな瞬間だった。
茶髪の男の迷いのない身のこなしで、国民年金課の前で転倒した老人は30秒後には助け起こされ、散乱した荷物もすべて元通りになっていた。わたしがパイプ椅子から腰を上げかけたまま止まっている間に。
「どうもね!」という、なぜか怒っているようにも聞こえる老人の声がロビーに響き、茶髪の男も駆け寄った職員もスッと元のポジションに戻った。
わたしも、再び腰を下ろした。半端に中腰になっていたため、体の
パイプ椅子をぎしりときしませて椅子に座りながら、茶髪の男がちらりとこちらを見た。緑のTシャツから伸びる腕の浅黒さが健康と退廃の両方を感じさせた。
その視線はわたしの顔でなく、カクヨムのサイトを開きっぱなしのスマホの画面に注がれている気がした。
カフェテリアが区役所内に開設している、その事実はわたしに時の流れを感じさせた。昔はこんなものはなかったはずだ。
一般に開放された社員食堂のような
転入届が無事に受理されたとき、まだ正午前なのにひどく空腹を意識して、来るときに外からちらりと見えたこのカフェテリアに入ってみたのだ。コロナウィルスの変異株の恐怖についてニュース番組で観たばかりなのに、去年の今頃よりも危機感の薄い自分がなんだかおかしい。
もしかしたらセッキーもここへ来るだろうか。区役所勤務の派遣社員ってどこでお昼を食べるんだろう。どこに私物を置いてるんだろう。そんなことを考えながら、昼を済ませて帰る旨、母にLINEを送る。
久しぶりに会った同級生と喋りたいようなそうでもないような気持ちで、おいしくもまずくもないオムライスにスプーンを差しこむ。ずいぶん子どもっぽいメニューを選んでしまった気がしてきた。
正午の鐘が鳴り、店内はにわかに混み合い始めた。区役所の職員と思われるスーツ姿の人たちが続々入店してくる。
わたしの座る二人掛けの向かい側も、誰かが座るだろうか。椅子に置いていたハンドバッグを移動しようと立ち上がったとき、トレイを持った男性が目の前を通り過ぎようとした。浅黒い肌に茶髪の、若い男。
「あ」
思わず出たその声は店内のざわめきに吸われたはずなのに、彼は立ち止まってわたしを見た。そして、
「ここ、空いてますか?」
と言った。
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